恋愛がしたかっただけ。

柊 なぎ

1. 僕とアイドルと体調不良。

午後13時。大都会を歩く。

フードを被って自分を空気にする。

スクランブル交差点の雑踏と雑音。

高いビルにまみれて、田舎に比べたら空があまり見えない。


街の大画面から響く女の子の大きな声。

『私達kaNaRiAはファンのみんな、支えてくれた事務所の方々のおかげで4周年を迎えることが出来ました!』

「kaNaRiA(カナリア)」とは今をときめくアイドルグループだ。

メンバーはリーダーの有栖苺華(ありすいちか)、取りまとめ訳の白雪花楓(しらゆきかえで)、妹気質の桜庭詩音(さくらばしおん)の3人。

ちなみに僕の推しは桜庭だ。なんてったってかわいい。

「もう4年も経ったんだ。」

アイドルは歳をとらないなと僕は思った。

大画面へ視線を移す。淡々と有栖が話している。

『私達は16歳からアイドルをしてきて、今年で20歳を迎えました。』

20歳。僕と同い年なのに彼女達は全くの別次元にいる。「すごいな」と呟いた。

『もう私達は未成年ではありません。これからは、活動しつつ恋愛もしていきます!事務所公認です!』

人々はそれを写真や動画を撮ってSNSへ上げている。何が楽しいのかわからない。

僕は、アイドルって恋愛していいんだっけ?いやでも、事務所から許可降りたんならいいのか。とかなんとか独りで考えていた。

大画面ではまだ有栖が何か言っていたが、僕には関係ないのでその場を去った。


元々身体が弱い僕は、人混みのおかげで目眩と吐き気を催した。

なんでこんなところに来たんだと自分を責めながら下を向いてとぼとぼ歩く。

何度も通行人にぶつかる。その度に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で謝罪をする。「チッ」と短い舌打ちをされたりもするが、田舎にいた頃に比べたらなんてことは無い。


早く家に帰ろう。誰もいない静かな所へ。早く。そう思っているうちに自然と足速になり、最寄りの駅まで来ていた。駅は雑踏で溢れている。都会の電車は云わばゴミ収集車の様なものだ。

「うっ...」

そこまで考えて強い吐き気が込み上げてきたので早急に駅から出た。

急な突風でフードが脱げる。人混みよりマシだと思いそのまま路地裏へ駆け込み、そのまましゃがみ込む。

「家に帰ることすら出来ないじゃん...やっぱり出掛けるなんて僕には向いてないんだな……」

それはそうだろう。長年引きこもりの様な生活をして、たまに調子のいいときだけ外に出るなんて。ましてこの大都会で。

独りでうだうだと考えているとパタパタと足音が近付いてくる。僕はひたすら、こっちに来るなよと念じて下を向いた。

「あの、すみません...」

頭上から女の子の声がした。見上げることはしなかった。

女の子は僕に話しかける。

「あの、お財布?定期?分からないけど、走った時に落としてましたよ」

僕は下を向いたまま全てのポケットをまさぐった。本当に財布が無かった。

やっとの思いで見上げる。女の子の顔は逆光と、キャップをかぶっていたため影になっていて良く視えなかった。髪の長さはセミロングくらいで、黒いTシャツにジーパンとスニーカーというシンプルな服装だった。

「...どうも............」

小声で礼を言い財布を受け取ってからまた下を向く。

「どういたしまして。」

彼女の表情は相変わらずよくわからないが一瞬、ずっと無愛想な僕に笑いかけている口元だけはわかった。変な子だなと思った。

「あのさ、」

いや、財布拾ってくれたのは有難いけど用が済んだら帰ってくれよ。言わないけど。

「救急車呼ぼうか?」

「それだけは絶対にやめてください...」

じゃあ、と彼女は付け足して話し続ける。

「体調悪い所を更に逆ナンみたいなことして気分を害するけど、うちこない?」

「は??????」

気付くと再び彼女を見上げて素の声を出してしまった。普通に考えて有り得ないと思う。確かに体調は悪い。だが、こんな見ず知らずの、たったさっき財布落としたのを拾っただけのコミュ障にうちこない?とか。訳が分からない。

「私の家ここから歩いて2分くらいだからすぐなの。誰もいないし、使ってない部屋がいくつかあるの。何もしないし見返りも求めないから少し休んでいきなよ。」

「なんで?」

僕は見上げたまま聞き返す。

「そりゃあ、青白い顔して路地裏に走って行く君を追いかけて、見つけたと思ったら蹲ってるとか。そんなの見たら放っておけないじゃん」

「ほっといてもらっていいんで。関係ないじゃないですか。」

「関係あるよ!君の落としたお財布?を拾ってあげた!」

僕は馬鹿と話しているのか。全く言葉が通じない。もう無理。

早々に帰ろうと思い急に立ち上がり、目眩がしてそのまま壁に寄りかかる。

「ちょっと!大丈夫!?」

「だいじょぶです......」

「救急車呼ぶのと、歩いて2分の私の家。2択ならどっちがいい!?」

「どっ......」

どっちも嫌だと答えようとしたが、立ち上がったおかげで彼女の表情が読み取れた。とてもご立腹の様だった。

だが本当にどちらも嫌だったのだ。救急車は野次馬が集まってくるため注目が集まる。又、この辺りの徒歩2分の家なんてたくさんの高級マンションしかなく、普通にそんな所に入るのが怖かった。だが自宅に帰る気力は全くと言っていいほど無かった。

ひたすら考えていると更にくらくらしてしまい倒れそうになったところを彼女が支えてくれた。

「で、どうするの!」

初対面でこんなお節介するか?そんな怒らなくていいじゃん。と思いながら彼女の剣幕に気圧された。

「後者で...」

渋々僕がそう言うと彼女は満面の笑みで「承知した!」とそう言った。


その後僕はフードをかぶって俯き、彼女に支えられながら街を歩くという何とも言えぬ辱めを味わいながら本当に高級マンションへたどり着いた。

彼女は慣れた手つきでカードキーを差し込む。

「...オートロックとか初めて見た............」

僕がぼそっと言うと彼女は嬉しそうに言う。

「女の子は防犯が大事なんですよ!防犯カメラもバッチリ着いてるよ!」

お金持ちってすごいなと思う。

エレベーターに乗って20階を目指す。部屋に着くまでの時間は割と長く、僕はこのまま地震が来たらとかエレベーターが落ちてしまったらとか不吉なことを考えて一人で身震いしていた。

「寒い?熱あるのかも...冷えピタあったかな......」

彼女は僕を気遣ってそう言ってくれていたが、僕はただ一人で妄想を膨らませてビビってるだけだったのですごく申し訳なかった。


部屋に着くと直ぐに寝床を用意してくれた。

ベッドとテレビとテーブルだけがある部屋で、初対面の女の子の家の部屋に入ったにしてはとても居心地が良かった。

「体温計持ってくるから横になって待ってて!」

そう言うと彼女はいそいそと部屋から出ていき、ガタガタと色々な引き出しを開けている音が聞こえた。見つかったのか、パタパタとこちらの部屋へ戻ってくる。

「あった!10秒だか15秒だか忘れたけど早いやつだよ。ほら、挟んで挟んで。」

無理無理と僕の脇に差し込んでくる。

「流石に自分で出来ます......」

それはごめんと彼女は言い、手を引いた。

「私はリビングか自分の部屋のどっちかにいるからとりあえず休んで。君が起きてからお互い自己紹介でもしよう。」

本当に罪悪感でいっぱいになり、

「本当にすみません...初対面でこんな迷惑......」

と僕は自分を責めた。

「大丈夫だって。気にしすぎ。」

そのタイミングで体温計の電子的な音が鳴ったので脇から抜き取ると、彼女は僕の手からぶんどった。

「おっけー。お熱はなーし。お水とスポドリ頭のとこに置いておくから喉乾いたら飲んでね。」

何から何まで本当に申し訳ない。

彼女は部屋のドアの所まで行ってから立ち止まった。

「てか、見掛けた時から思ってたんだけどさ、」

「ぁ...」

僕は察した。これは、僕の容姿に対する言葉だ。

「髪、真っ白可愛いね!眼も赤っぽくて可愛い!カラコンじゃないよね!兎みたい!」

やっぱり、と思ったが、彼女のは何か違った。

「私も白髪(はくはつ)してみようかなぁ...怒られるかなぁ...」

何だか分からないけど少しだけ、ほんの少しだけ救われた気がした。

「...ありがとう...ございます......」

僕は本当に自分でも失礼だなと思いながら小声で礼を言った。そんな僕を見て彼女は笑みを浮かべていた。

「無駄話ごめんね!早く寝てね。おやすみなさい。」

そう言ってドアをパタリと閉めた。

少しだけ寝させてもらって直ぐに帰ろうと思ってからふと疑問に思った。疑問に思うことなんてここに至るまでたくさんあったが、何故彼女は家の中なのにキャップをかぶっていたのだろうか。いや、急いでいて忘れただけかも。と思い考えるのを辞めた。

無性に喉が乾き、何か飲んでから寝ようと思いさっき彼女が枕元に置いてくれた水を手に取る。そういえば今日はまだ飲み物を飲んでいなかったな。

ゴクゴクと1/3程一気に飲み蓋を閉めた。蓋には平仮名で「いちご」と書いてあった。彼女の名前だろうか。まあいいやと思い、水を枕元へと戻し布団へもぞもぞと潜った。

たった数時間外へ出ただけなのに疲れが溜まっていたのか、僕はすぐに眠りについた。

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恋愛がしたかっただけ。 柊 なぎ @nagi0215

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