第30話
今度はジーンズを引っ張り出す。
真夏にジーンズは汗でへばりついちゃうかも。
あれでもない、これでもないと服を散らかしながら選んで、結局ショートパンツにタンクトップという姿に落ち着いた。
着替えてからこれは藤田さんと初めて会ったときと同じ服装だと気がついた。
でも、もう悩みなおしている時間なんてない。
バタバタと一階へ駆け下りて行ったタイミングで玄関のチャイムが鳴らされて、急ブレーキをかけて立ち止まった。
「はぁい」
母親がキッチンから出てきて香りの横を通り過ぎ玄関を開ける。
香織は母親の後ろでピンッと背筋を伸ばして立っていた。
「こんにちは」
そう言って顔をのぞかせたのは久しぶりに見る藤田さんだった。
香織の緊張は一気にマックスまで到達して、まともに藤田さんの顔を見ることもできない。
「わざわざお礼なんてありがとうございます。さぁ、入ってください」
「お邪魔します」
藤田さんは普段のラフな格好とは違い、正装に近い服を着ている。
軽そうな紺色のジャケットに白いパンツ。
右手には紙袋、左手にはなぜか動物を入れるためのゲージが持たれている。
「香織ちゃん、久しぶりだね」
しっかりと掃除された和室に座り、藤田さんが声をかけてきた。
一枚板のどっしりとしたテーブルにはすでに冷たい麦茶が三つ用意されている。
「は、はい」
緊張で声が裏返ってしまい、藤田さんに笑われてしまった。
「これ、香織ちゃんにお礼」
持っていた紙袋を渡されて、香織はちらりと母親へ視線を向けた。
母親が笑顔でうなづいている。
「ありがとうございます」
中を開けてみると有名なお店のプリンが入っていた。
「わぁ! 雨戸屋さんのプリンだ!」
「まぁ、よかったわね。せっかくだからいただきましょうか」
母親はそう言うとスプーンを準備するために再びキッチンへと姿を消した。
香織は三人分のプリンをテーブルに並べながら、「今日は仕事じゃないんですか?」と、質問をした。
プリンをもらったことで、いくらか和やかな気分になっていた。
「今日は夕方から少しだけ開店する予定だよ」
「へぇ……」
それまでの予定はなんだろう?
ひとつはここへ来ること。
でもきっとそれだけじゃないんだろう。
「はい、スプーンを持ってきたわよ」
母親からスプーンを受け取り、三人でおいしいプリントいただく。
プリンを食べながら和やかな雰囲気で藤田さんの仕事についての会話が続く。
そして食べ終わったとき母親がタイミングを見計らったように「あの子、元気にしてますか?」と、藤田さんに質問した。
藤田さんは「はい。おかげさまで」とうなづき、ゲージをヒザの上に置いた。
あの子?
キョトンとしている香織の前でゲージを開けると中から三毛猫が飛び出してきた。
けれど三毛猫はすぐに藤田さんの脇に隠れてしまい、周囲を警戒しているのがわかった。
「その猫、なに?」
わけがわからず香織は聞く。
すると藤田さんと母親は同時に驚いた表情を香織へ向けていた。
「なにって、この猫を探してあげたんでしょう?」
母親に聞かれて香織は「え?」と、首をかしげる。
「俺の探し物は、コイツだったんだよ?」
更に藤田さんにそういわれて、今度は香織が驚いた。
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