第29話
香織は畳の部屋で寝そべり、ジュースとお菓子を交互に口に入れていた。
「ちょっと残り少ない夏休みなのになにしてんの」
掃除をしにきた母親が呆れた声を上げても、動く気分になれない。
「いいじゃん。宿題終わったんだし」
「そういう問題じゃないでしょう? なにかないの? 遣り残したこととか」
やり残したことと言われて思い出すのは藤田さんのキッチンカーだ。
藤田さんは今日もどこかでクレープを売っている。
きっと大盛況で、行列ができていると思う。
それでキッチンカーの中で一生懸命働いているのは、香織じゃなく、藤田さんがずっと探していた女性。
二人は仲良くキッチンカーの販売を続けていて――。
そこまで考えて強く頭をふって想像をかき消した。
上半身を勢い良く起こしてお菓子を口に放り込み、喉に引っかかってむせてしまう。
「ごほっごほっ!」
苦しくて咳き込んでいると掃除機をかけていた母親がスイッチを止めて呆れた表情を向けた。
「なにしてんのよ。今日は藤田さんが来るっていうのに、そんな格好をしていていいの?」
母親の言葉に香織は一瞬意味がわからず、反応ができなかった。
今、藤田さんが来るって言った!?
「藤田さんって、あの藤田さん!? キッチンカーの!?」
驚いて声を上げて母親のエプロンと掴む。
母親はキョトンとした表情になり「あれ? 言ってなかったかしら?」と、首をかしげた。
「聞いてないよ! ねぇ、どうして藤田さんがうちに来るの!?」
「あんた藤田さんの探し物の手伝いをしてあげたんでしょう? 無事に見つかったからそのお礼をしに来るんだって」
そうなんだ……。
香織はエプロンから手を離して呆然としてしまう。
あの花火大会以来藤田さんとは会ってない。
もちろん、気まずすぎてこちらから連絡を取るようなこともできていなかった。
本当はもっとちゃんと謝らないといけないと思っていたのに。
そこまで考えた香織は弾かれたように立ち上がり、一目散に自分の部屋へと駆け上がった。
母親が後ろから文句を言ってくるけれど、返事をする暇などない。
こうしてはいられない。
香織はまだパジャマ姿のままだったのだ。
もう昼も過ぎているというのになんのやる気もでなくて、ずっとゴロゴロしていた。
藤田さんが来るのにこのままの格好でいいわけがない。
香織は押入れの中の箪笥を開けてワンピースを引っ張り出した。
これはちょっとオシャレを意識しすぎているかも。
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