第27話
河川敷から少し外れた場所に小さな神社があった。
古びていていつ崩れ落ちるかわからない神社には誰も近づかない。
香織はその石段に座って花火を見ていた。
しっかり見たいのに、空に咲花は涙で滲んでどれも歪んで見える。
ぬぐってもぬぐってもこぼれてくる涙の正体はつかめなくても、胸の中に穴が開いた感覚は理解できた。
藤田さんの探し人が見つかった瞬間、香織の胸にはその大きな穴が出現していた。
ひとりでそうしていると不意に花火が止まった。
第一部終了のアナウンスが会場から流れて聞こえてくる。
花火の明かりが消えたと同時に神社は暗闇に包まれた。
周囲に街灯はなく、境内に明かりがともることもない。
こんな時間に外でひとりでいたことがない香織は両手で自分の体を抱きしめた。
拝殿へ視線を向けると今にもあちこち崩れ落ちてきそうな気配が漂い、戸が開いて化け物が出てくるんじゃないかという想像が香織を突き動かした。
勢い良く立ち上がり、石段を駆け下りていく。
元々花火は第一部を見たら帰らないといけない約束だ。
花火が終わればお手伝いも終わり。
今日はもう帰ってもいい。
自分に言い聞かせて石段を下っていたとき、スピードが出すぎて止まらなくなった。
「わっ! ちょっ!」
香織の悲鳴みたいな声が暗闇に響き、次の瞬間には石段を転げ落ちていた。
五段ほど転がって下まで到着したものの、変な体勢で転がってしまい右足から落下してしまった。
「痛っ」
立ち上がろうとすると右ひざに激痛が走る。
香織は顔をしかめて一番下の石段に座り込んだ。
足を確認してみると随分と広範囲にすりむいていて血が流れ出している。
「どうしよう、これじゃ帰れない」
巾着からハンカチを取り出して血をぬぐう。
しかし、傷口は思ったよりも深くてなかなか血が止まらない。
ハンカチを傷口に押し当てていると、また涙が滲んできた。
私、なにしてるんだろう。
今日は楽しい花火大会で、藤田さんのお手伝いをして、できれば名探偵も発揮して。
そう、そんな一日になるはずだったし、実際に香織はそのすべてをしていた。
それなのに、今は一人ぼっちで石段に座っている。
やがて第二部を開始するアナウンスが聞こえてきて、花火の打ち上げが再開された。
しかし香織はうつむいたままで顔を上げなかった。
足と体の間に顔をうずめるようにして微動だにしない。
花火の打ち上げの音を聞くたびに涙が流れて、顔を上げることもできない。
藤田さん、迎えに来てくれないかな……。
「香織!!」
自分を呼ぶ声がして大きく息を飲んだ。
「藤田さん!?」
顔を上げると同時にそう言った香織の視界に入ってきたのは、両親の姿だった。
懐中電灯を手にした両親がこちらへかけてくるのが見えて、香織の目から涙が引っ込んだ。
両親の後ろから彩香ちゃん、玲美ちゃん、そして藤田さんもやってきた。
香織は驚いて口をポカンを開け、よろめきながら立ち上がった。
「なんで、みんな……」
「突然いなくなるから、警察に相談したんだ」
答えたのは藤田さんだった。
藤田さんは安心した表情を顔一杯に表現して、香織に近づいてくる。
「警察から家に電話があって、ビックリしたのよ。彩香ちゃんたちと一緒にいるはずだと思って連絡したら、今日は一緒にいないって言うし、どうなっているのよ」
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