第26話
藤田さんは香織の視線を追いかけて、大学生のキッチンカーを見つめた。
そして辛そうに表情をゆがめる。
「もう、逃げてちゃいけません。勇気を出して、声をかけてください」
藤田さんの表情を見てすべてを悟ったように香織は言った。
藤田さんはゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「わかった」
大きくうなづき、藤田さんはキッチンカーを出たのだった。
☆☆☆
香織は藤田さんが大学生たちのキッチンカーに近づいていくのをボンヤリと見つめていた。
あの中に藤田さんの探している女性がいるかどうかはわからない。
けれど、きっとキッカケを掴むことはできると思う。
藤田さんはあのキッチンカーが来てからずっと大学生たちのことを気にしているから、探している女性は大学生で間違いなさそうだし。
これで藤田さんの悲しい顔を見なくてすむようになるんだ。
そう思うと嬉しさ半分、胸がチクリとする気持ちも半分くらいあった。
どうして胸がチクチクするのか香織にはよくわからないけれど。
藤田さんは大学生たちに話しかけたあと、肩を落としてこちらへ歩き出した。
あの中に探し人はいなかったみたいだ。
あんなに落ち込んでいるということは、なんのキッカケもつかめなかったんだろうか?
そんなはずはないのに。
そう思ってキッチンカーから出ようとしたときだった。
黒い生地に朝顔の柄が入った浴衣を着た女性が藤田さんの前を通り過ぎた。
女性は三毛猫を抱えていて、すぐに大学生の人だと感づいた。
藤田さんは女性を見た瞬間立ち止まり口を大きく開いた。
目も口と同じくらい見開かれ、唖然とした顔になる。
そのまま女性に話かけて、話しかけられた女性は驚いた様子で立ち止まる。
女性は後ろを向いてしまったし、女性に隠れて藤田さんの表情もよくわからない。
二人の会話に耳をそばだてようとしたとき、花火の最初の一発が打ち上げられた。
二人の向こうに大輪の花が咲く。
それはまるで二人の再会を祝福しているように見えて、香織の胸はギュウッと締め付けられた。
息苦しさを感じて香織はよろよろとキッチンカーを出る。
藤田さん、探していた人に出会えたんだ。
よかった。
これで藤田さんはいつでも笑顔になってくれるはずだ。
うつむくと白い生地に朝顔の浴衣が見える。
さっきの女性に比べればなんて子供っぽいデザインなんだろう。
急に自分が幼い子供であることを思い知らされた気分になり、香織の顔が赤く染まる。
私はまだ小学4年生だ。
それなのに名探偵だなんて思い込んで、恥ずかしい。
本当に恥ずかしいのはそのせいではなかったけれど、自分の感情をなんと呼ぶのかわからなくて、香織は名探偵であることを恥じるしかなかった。
そのまま早足で歩き出す。
なんだか無性に遠くへ行きたかった。
誰も知っている人がいない場所へ。
自分の恥を包み隠してくれるような場所へ。
歩きながら頬にいく筋もの涙が流れてきた。
涙をぬぐいながら、どうして自分が泣いているのかわからなかった。
周りの人たちはみんな空を見上げて微笑んでいる。
藤田さんも、探していた女性に出会えてとても嬉しそうだった。
それなのに、どうして自分はこんなにも悲しいんだろう?
どうして自分だけ、泣いているんだろう……。
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