第23話
キッチン横にある和室へ入るとそこには大きな仏壇が置かれている。
壁の上部には先祖代々の遺影がずらりと飾られている。
仏壇横の襖を開けると、中から白地に朝顔の絵が描かれた浴衣が取り出された。
香織は毎年これを見るたびに可愛いと感じる。
白地の浴衣を着ている人って、実は意外と少ないから。
「あら、今年も少し丈が短くなってるわね。直す?」
「ううん、いい」
香織は左右に首を振った。
どうせならちゃんとした姿を見てもらいたかったけれど、もうそんな時間は残されていない。
母親は手馴れた様子で着付けをして、あっという間に香織は浴衣姿になっていた。
髪の毛は後ろでひとつに束ねてお団子にしてもらい、朝顔の飾りをつけた。
母親が浴衣に合った下駄を出してくれたけれど、香織はそれを断って白いミュールを履いた。
下駄よりもペタンコなミュールのほうが少しは動きやすい。
それに浴衣の同じ白色だからあまり違和感もなかった。
「靴、それでいいの?」
「うん! じゃ、行ってきます!」
香織は右手を上げて大急ぎで家を出たのだった。
☆☆☆
藤田さんに初めて出会った広場へ行くと、すでに深緑色のキッチンカーが到着していた。
少し緊張しつつ近づいて行き、運転席を覗き込む。しかし、藤田さんの姿はなかった。
「藤田さん?」
後部座席にいるのではないかと思って声をかけたけれど、反応はない。
どこに行ったんだろう?
トイレかな?
広場の中をグルリと見回したとき、茂みがガサガサと動くのを見た。
香織はハッと息を飲み、警戒して後ずさりをする。
ついさっき他県で飼っていたニシキヘビが脱走したというニュース速報を見たばかりだ。
ニシキヘビは毒はないもののとても大きくて、大人の男性でも飲み込んでしまうらしい。
もしもこの近辺にニシキヘビを飼っている人がいて、それが脱走したら?香織なんてあっという間に飲み込まれてしまうだろう。
想像して強く身震いをしたときだった。
茂みの揺れが大きくなったかと思うと、藤田さんが顔を出したのだ。
頭の上に葉っぱがいくつもくっついていて、服も汚れている。
「藤田さん!」
香織は驚いて駆け寄った。
「やぁ香織ちゃん。今日もちゃんと親に伝えてきたかい?」
藤田さんは汚れた顔でニコヤカに聞いてくる。
香織は一瞬返答につまり、それから「はい」と、嘘をついた。
それよりも藤田さんがドロドロになってしまっているほうが気がかりだ。
「どうしたんですか?」
「ちょっと、探し物をね」
藤田さんはそう答えて、また少し悲しそうな表情を浮かべた。
探し物……?
それってなんですか?
そう質問する前に藤田さんが「香織ちゃんは今日は一段とキレイだね!」と、声をかけてきた。
一瞬キョトンとして、それから香織の顔がポッと赤らんだ。
そんな風に大人の男性に褒められたことなんてないからどうしていいかわからず、うつむいてしまう。
「今日は花火大会だ。思う存分楽しもうね」
藤田さんに言われて、香織は顔を赤くしたままうなづいたのだった。
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