第19話

コクコクとうなづく岬くんを浜辺に下ろして香織は微笑んだ。



「泳いでいる人だったんだね!」



海坊主の正体を理解した岬くんがホッとしたように笑顔になった。



「そうみたいだね。よかったね、この海は安全だよ」



そう言った矢先だった。



岬くんの顔が曇った。



その視線を追いかけてみると、片方しかはいていないサンダルにいきつく。



「あ、サンダル」



香織は思わず声を上げる。



そうだった。



岬くんはお化けにサンダルを持っていかれたと言っていたんだっけ。



海坊主の正体はわかったけれど、サンダルがなくなった理由にはならない。



香織はキョロキョロと周囲を見回してみたけれど、岬くんのサンダルは見つけることができなかった。



「僕のサンダル、本当にもって行かれたんだ。あの海坊主を見たときにいきなりどこかへ言ったんだから」



岬くんは身振り手振りで一生懸命説明している。



 

しかし、実際にあれは海坊主ではなくてただの海水浴客の男性だった。



その男性が泳いできて岬くんのサンダルを盗むとは思えないし、片方だけ盗んだって意味がない。




これは一体どういうこと?



わからなくて、香織は一度原点に立ち戻ってみることにした。



「岬くんはここでなにをしていたの?」



「あれを作ってたんだよ」



指差す方へ視線を向けるとそこには兄弟らしき二人の子供たちが砂山を作っていた。



波打ち際で作っているため、山は時々波にさらわれて壊れてしまう。



それでも二人はまた山を作る。



波にさらわれるところを見るのが面白いみたいだ。



「山、かぁ……」



自分も砂山を作って遊びたいなぁ。



でも、今は藤田さんのお手伝い中だし。



思考回路がだんだんそれてきたとき、波が兄弟のスコップをさらっていってしまった。



「あ、スコップ待って!」



兄のほうが追いかけて海へと入っていく。



黄色いスコップは波に乗って沖のほうへと流されていく。



それをみてピンと来た。



「もしかして岬くんのサンダルも、あんなふうに波に乗って行ったんじゃないか

な?」



「波に?」



「うん。この辺で遊んでいたら、軽いものはあんな風に波に持っていかれちゃうんだよ。その時に偶然あの男性を見て、それで海坊主にサンダルを持っていかれたと思っちゃったんじゃない?」



言いながら、視線は岬くんから海へと移動していく。



もしそうだとしたら、岬くんのサンダルはもう遠くの方へ流されて行ってしまったかもしれない。



遠くの水平線に影だけ見えている船。



香織はぼんやりとその影を見つめた。



「じゃあ、僕のサンダルは海の中なの?」



「そう……だね」



あの船くらい遠くに行ってしまっていたら、もう取りに行くことはできないかもしれない。



岬くんへ視線を向けると唇を引き結んで泣くのを我慢しているのがわかった。



そんな顔を見たらどうにかしてあげたいと思ってしまう。



だけど着替えも持ってきていないし、海の中に入ることはできない。



藤田さんからも気をつけてと言われているし。



どうしようかと考えあぐねていると、岬くんが香織の手をそっと離した。



「僕大丈夫だよ。お化けの正体がわかったし、サンダルは盗まれたんじゃなかったから、大丈夫」



『大丈夫』という言葉を二度も使って香織を安心させてくれようとしているのがわかった。



胸の奥がさっきとは違った痛みを伴う。

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