第17話

少年の名前は大田岬くんというらしい。



話を聞く前の自己紹介で知った。



「海の中から丸いお化けが出てきて、僕のサンダルを取って行ったんだ!」



岬くんがお化けを見たのは砂浜からだったらしい。



けれど海を眺めて見てもそんなお化けがいる様子はない。



「幽霊船を見たんじゃなくて?」



「幽霊船ってなに?」



首をかしげてきかれて香織は「なんでもない」と、答えた。



昨日読んだ幽霊船の話をつい思い出してしまったのだ。



「でも、丸いお化けってなんだろうね?」



それがわからないから怯えているのだと、岬くんは香織を見上げた。



声をかけてくれた優しいお姉さんがすべてを解決してくれると思っていた岬くんは不服そうな表情を浮かべている。



「う~ん、わからないな」



どれだけ頭を悩ませてみても、そんなお化けは見たことも聞いたこともない。



「もしかしから、お化けじゃなくて化け物だったのかも」



「化け物?」



「うん。だって、幽霊だったら海に浮かんでるような気がするんだ」



そういわれて香織は瞬時に海の上に浮かぶ女の幽霊を想像してしまった。



ぐっしょりとぬれた黒くて長い髪の毛。



海の上を歩く足は透けていて、体も半分くらい透けている。



自分の想像にゾクリと背筋が寒くなったところで、香織は岬くんの手を握って歩き出した。



「どこに行くの?」



「子供だけで考えてもわかんないから、大人に聞きに行くの」



そうしてやってきたのは休憩中のキッチンカーだ。



「藤田さん、ちょっといいですか?」



運転席でお惣菜クレープをかじっていた藤田さんに声をかける。



「化け物?」



藤田さんは香織と岬くんにイチゴのクレープを差し出しながら聞いた。



「そうです」



真剣な表情でうなづく香織。



「うわぁいありがとう!」



元気一杯にクレープを受け取り、すぐにかぶりつく岬くん。



さっきまでの顔色の悪さはどこかへ消えて、すっかり元気だ。



「丸い化け物が海の中から、か」



「なにかわかりますか?」



身を乗り出して質問する香織に、藤田さんはちょっと待ってねといい、スマホで何かを調べ始めた。



その間香織はクレープを口に含んだ。



自分がカットしたフルーツが入っているクレープの味は別格だ。



「もしかして、こういうの?」



スマホを差し出された岬くんが画面を覗き込む。



すると見る見るうちに青い顔になり大きくうなづいた。



横から覗き込んで見るとそこには海坊主と、大きな見出しが出ていた。



「海坊主……?」



それは香織が始めて聞く名前だった。



「あぁ。主に夜中の海に出現する妖怪だって言われているよ。こいつは船を破壊するんだ」



「船を壊すくらい大きいの?」



香織は驚いて目を見開く。



そんなに大きな化け物が海の中にいるなんて!



「そうだよ。だけどこれはあくまでも伝承だからね。実際にいるかどうかはわからない」



そういってスマホをポケットにしまう藤田さん。

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