第14話

「全然待っていません!」



どこかのドラマで聞いたようなセリフを言うと、藤田さんは愉快そうに笑った。



「とにかく助手席に乗って。俺はちょっと探しもの」



「探し物ってなんですか? 私、手伝います!」



さっそくお手伝いだ!と、思って意気込んだものの、藤田さんは笑顔でそれを制した。



「ありがとう、でも大丈夫だよ」



「どうしてですか? 二人で探したほうが早いですよね?」



首をかしげて聞くと、藤田さんは少し寂しそうに目を伏せた。



俺一人で探したいものなんだ」



そう言うと、香織を助手席に乗せて一人へ広場の方へ歩いて行ってしまった。



そういえばキャンプ場にいたときにも何か探していると言っていたっけ。



それがなにかすごく気になったけれど、ひとりで探しものをしている藤田さんの姿を見ると、聞いてはいけないことのような気がしたのだった。


☆☆☆


今日のキッチンカーの出店場所は海だった。



海の家がない、小さなビーチに出店するらしい。



「うわぁ! 海だ!」



海にも毎年来ているけれど、輝く水面や遠くに見える船の陰に香織は興奮した声を上げた。



「窓を開けてあげるよ」



藤田さんが助手席側の窓を開けると車内に風が吹き込んでくる。



それは普段感じている風よりもベタついていて、潮の匂いがする。



香織は目をつむってその風を思いっきり吸い込んだ。



磯の匂いに自然と笑顔になる。



「とってもいい気持ちですね!」



「だろ? 海のマルシェも面白いんだよ」



藤田さんのキッチンカーは砂浜へと降りていく。



海水浴客たちの間近まで近づいて販売できるみたいだ。



砂浜にはすでに二台のキッチンカーが来ていて、旗を立てたりと準備に忙しそうだ。



ライバルに負けていられない!



車が停車したと同時に助手席から飛び降りて、香織は他のキッチンカーに駆け寄った。



まずはライバルを知るところからだ!と、見て見ると一台はフレッシュジュース屋さんで、もう一台はたこ焼き屋さんだ。



たこ焼屋さんの方は仕事が始まるととてもいい匂いがしてきそう。



でもクレープ屋の藤田さんの敵ではない。



どちらかというとジュースのほうがライバルっぽいけれど、クレープとさわやかなジュースは相性がよさそうだ。



想像しただけで少しお腹が空いてきてしまい、香織は慌てて藤田さんのキッチンカーへ戻った。



他のキッチンカーと同じように、砂浜に旗を立てる。



コンクリートの上に立てるのとは違い、砂に直接突き刺すみたいだ。



風で倒れないように更に重石をくくりつけたら完成だ。



「旗、終わりました!」



「ありがとう。香織ちゃん、フルーツをカットしてみる?」



大きな鍋の中で生地を練りこんでいた藤田さんに言われ、香織は目を見開いた。



「私がカットしていいんですか!?」



「もちろん」



藤田さんはにこやかに言い、冷蔵庫の上に置いてある買い物袋を開けるように香りに言った。



中に入っていたのは子供用の包丁だったのだ。



柄はピンク色で、刃の部分にウサギのイラストが入っている。



素材はステンレスだ。



「これ、もしかして私のために……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る