第10話
リリはピンク色の汚れたぬいぐるみを両手に抱えて叫んだ。
近づいて確認してみると、ケモノの足跡もそこで途切れているのがわかった。
どこに行ったんだろう?
しゃがみこんで茂みの中を確認してみると、草木に隠れるようにして巣穴が空いていることに気がついた。
次の瞬間香織はハッと息を飲む。
暗い穴の中からウサギが一匹飛び出してきたのだ。
思わずその場にしりもちをついた。
「ウサギさんだ!」
あら、野生のウサギだわ」
「こんなに近くに巣を作っているんだね」
リリと、リリの両親も驚いた声を上げる。
「ウサギ……」
香織は視線をリリのぬいぐるみへ向けた。
もしかしてぬいぐるみ泥棒の犯人はウサギ?
そう思った香織はリリと視線を見交わせる。
香織が言おうとしたことを感じたリリが、ギュッとぬいぐるみを抱きしめた。
「だ、大丈夫だよ。それはリリちゃんのぬいぐるみだもんね」
リリは警戒しながらうなづく。
「ぬいぐるみ、見つかってよかったわね。お姉ちゃんにお礼は?」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「さ、テントに戻ろう。お菓子の時間だぞ」
「わぁい! さっき買ったクレープだよね?」
三人の姿が遠ざかっていく。
香織はしばらくその場に立ち尽くしてウサギの巣穴を見つめていたのだった。
☆☆☆
「へぇ! 本当に探し当てたんだね!」
キッチンカーに戻ってうさぎのミミちゃんを見つけたことを報告すると、藤田さんは目を丸くした。
「ウサギが持って行ってたの」
香織は巣から出てきたウサギを思いだして答えた。
「ウサギのぬいぐるみを、ウサギが……」
藤田さんはプッと噴出す。
つられて香織も笑った。
「でも、どうしてぬいぐるみがほしかったのかな」
香織にはそれが気になっていた。
もしかしてウサギにも小さな子供がいて、その子がほしがったんじゃないかと思う。
だとしたら、香織は子ウサギのオモチャを奪ってしまったことになるのだ。
「そんなに心配しなくて大丈夫。ウサギは野生の生き物だから、きっと遊び上手だよ」
「そうなの?」
「あぁ。どんなものでもオモチャにしてしまう。時には人間のオモチャに興味がわくかもしれないけれど、ウサギにとってはこの森全部が遊び場所だ」
「この森全部が……」
それってとても素敵なことだ。
香織が暮らしている町全部が遊園地だったら、きっと寝る暇も惜しんで遊んでしまう。
「そっか。それなら大丈夫なんだね」
「そういうこと」
藤田さんはうなづき、香織を助手席へ乗せた。
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