第8話
女の子の父親がそう声をかけても「嫌だぁ!!」と泣き声をあげる。
子供にとってオモチャはそれひとつしかないのだ。
代わりのものとか、同じものを買ってもらっても意味がない。
香織にもその気持ちはいたいほどに理解できた。
胸をギュッと掴まれた気分になった香織は女の子の手を掴んで立ち上がらせた。
「それじゃ、お姉ちゃんと一緒にそのぬいぐるみを探しに行こう」
「いいの?」
「もちろん! お姉ちゃんは今社会勉強中なの。これもきっと、社会勉強のひとつだから」
説明しても女の子はキョトンとしている。
だけど一緒にぬいぐるみを探してくれる香織に好意を感じているようだ。
「ごめんね、騒がせちゃって」
女の子の母親は申し訳なさそうだ。
「いいえ、大丈夫です! このキャンプ場、親子連れが多いからオモチャのとり間違えとかも時々あるんです」
香織は実体験を思い出してそれを伝えた。
香織も毎年のようにここへ来ているが、もっと小さなかった頃には違う子のおもちゃを持って帰りそうになってしまったことがある。
「じゃ、探しにいこうか」
香織は女の子を励ましつつ、子供いるテントへ向かってぬいぐるみを知らないかと聞いて回った。
しかし、なかなか持っているという家族は現れない。
まさか、誰かが隠したんじゃ?と、嫌な予感が胸をよぎる。
うさぎのぬいぐるみを気に入ってしまった子が、テントの中に隠していたり、持って帰ってしまった可能性がある。
だけど、香織と手をつないで一生懸命ぬいぐるみを探している女の子には、とても言えないことだった。
「あのね、えっと……名前は?」
ここに来てようやく女の子の名前を聞いた。
思えば藤田さんの名前だってついさっき知ったばかりだ。
「リリ」
「リリちゃん? おねえちゃんは香織。よろしくね」
リリは小さくうなづいた。
目に涙を浮かべているが、もう流してはいなかった。
「ぬいぐるみを持って、どこで遊んだか覚えてる?」
この付近には小川があり、釣堀があり、自然公園という遊び場がある。
「公園」
リリは森のほうを指差して言った。
自然公園だ!
「じゃあ、今度はそっちを探してみよう」
リリの手を引き、香織は自然公園へと向かったのだった。
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