第5話
「どうしたの?」
なかなか動かない香織を心配してお兄さんが声をかけてくる。
「えっと……あの……」
まだここにいたい。
だけどそれをどう伝えていいかわからずにうつむいた。
そして思いついたのは、絵日記のことだった。
「あの、夏休みの宿題で絵日記があって」
「絵日記?」
「うん。それで、昨日は面白い日記が描けたから、今日もここに来たら描けるかなって思って」
「そうだったんだ。でも、今日は雨だからなぁ」
お兄さんはキッチンカーから身を乗り出して空を見上げた。
黒い雲に覆われていて、今にも振り出してしまいそうだ。
すぐに帰ったほうがいいことはわかっていた。
だけどなぜか香織はその場から立ち去ることができない。
「昼からは、場所を変えようと思うんだ。大原キャンプ場って知ってる?」
お兄さんの言葉に香織は顔を上げ、うなづいた。
幼稚園の頃から何度も行っている場所だ。今年も家族で行く予定がある。
「あそこなら、天気はいいと思う。一緒に行く?」
「えっ」
香織は目を見開いてお兄さんを見た。そして何度もうなづく。
「行きたい!!」
「ははっ。じゃあ、一旦家に戻って、親に許可をもらってこないとね?」
「わかった! すぐに戻ってくるから、ここで待っててね!」
香織は満面の笑みになる。
「絶対絶対、待っててよ!」
昨日と同じようにお兄さんに大きく手を振り、香織は広間からかけ出たのだった。
☆☆☆
親に言うと絵日記を見せて驚かせることができない。
お兄さんに提案されたときから香織はそう思っていた。
誰にも内緒でキッチンカーのお手伝いをして、ビックリさせたい気持ちが強くなっていた。
そこで香織は一旦家に戻ってクレープを冷蔵庫へ片付けると、簡単に昼ごはんを済ませた。
「あら、もう行くの?」
「友達を待たせてるから」
あわただしく家を出て行く香織の後ろから母親が「早く帰るのよ」と、声をかけてくる。
香織はそれに返事をせず、傘を掴んで外へ出た。
すでに雨が降ってきていて、マルシャは中止になってしまっただろうと思った。
それでもまだお兄さんは待ってくれているはずだ。
足元がぬれるのもかまわずに走って広間へ向かう。
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