第4話

翌日、朝から雲が多く出ていて今にも雨が降り出してしまいような日だった。



香織は勉強机の上に置いた絵日記を見て満足そうに口角を上げていた。



昨日描いたのはもちろんキッチンカーについてだ。



沢山のキッチンカーが来ていたこと。



列を整える手伝いをしたこと。そしてバイト代としてクレープをもらったこと。




それらを読み直してみると誇らしい気分になって胸を張った。



でも、昨日のことは誰にも話していなかった。



この絵日記が完成したときに読んでもらって、びっくりさせるんだ。




「よし! 今日も行くぞ!」




絵日記を引き出しの中に片付けて、麦藁帽子を掴んで勢い良く部屋を飛び出した。



バタバタと足音を響かせてキッチンへ向かう。



「お母さん! 今日もキッチンカー行ってくる!」



「えぇ? 今日は雨が降るみたいよ?」



「え?」



そこでようやく空のが曇っていることに気がつき、香織は眉を寄せた。



雨が降ったらキッチンカーに来るお客さんは少なくなってしまう。



そうなると、イベント自体がなくなってしまうかもしれないのだ。




でも、昨日お兄さんに言われた言葉が香織の頭の中をぐるぐるとめぐっていた。



『明日もここに来てるから、よかったらおいでよ』



香織は必ず来ると約束してきた。



「少しだけ、行ってもいい?」



「いいけれど、雨が降ったらすぐに帰って来るのよ?」



「わかった!」



香織は母親の言葉を途中まで聞いて返事をし、また玄関まで駆け出した。


そのまま外へ飛び出そうとして思いとどまり、ピンク色の傘を掴んで外へ出た。



昨日はあれだけ沢山あった車が、今日は半分も埋まっていない。



キッチンカーの台数も少なくて、受付には誰の姿もなかった。



「やぁ、おはよう」



クレープ屋に近づくとお兄さんはすぐに香織に気がついてくれたけれど、香織は周囲を見回して唖然としていた。



昨日あれだけ並んでいた列が、今日はスッカリなくなってしまっていたのだ。



並んでいたお姉さんたちはお兄さん目的で来ていると思っていたから、なんだか香織は腹が立った。



「どうして誰も並んでないの」



お兄さんが悪いわけじゃないのに、ついキツイ口調になってしまった。



「今日は雨だからね。君も、買い物が終わったらすぐに帰ったほうがいいよ」



「お兄さんは? どうするの?」



「雨が降ったらマルシェは中止になる。それまではここにいるけどね」



お兄さんの表情は昨日に比べてなんとなく寂しそうに見えた。



「さて、今日は何を食べる?」



気を取り直すように質問されて、香織は顔を上げた。



昨日はチョコバナナだったから、今日はチョコイチゴを注文すると決めていた。



「チョコイチゴ」



「はい。少々お待ちください」



お兄さんはおどけた調子で言うと、温まった鉄板の上に生地を流した。



それを専用の道具を使って丁寧に広げていく。



それはまるでマジックを見ているようで思わず「わぁ」と声を上げた。




薄く延ばされた生地はすぐにキツネ色に焼けてきて、いい匂いがしてくる。



その間にお兄さんは足元にある小さな冷蔵庫からイチゴを取り出して、小さなまな板の上でカットした。



どれもこれもが家のキッチンのミニチュアに見えて香織はワクワクした気分になる。



お兄さんはまるで、小さなお母さんみたいだ。



「はい、できたよ」



今度はちゃんとお金を払って受け取った。けれど、すぐに帰る気にはなれなかった。



 お客さんが少なくて商品が動かないからか、まわりから漂ってくるいい香りは少ない。



食べ物の匂いよりも今は雨の匂いのほうが強かった。

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