第3話

時々キッチンカーの中から次のお客さんが誰かわからず困っているお兄さんの声も聞こえてくる。



順番を抜かされて怒るお客さんもいるんじゃないのかな?



香織は以前スーパーで順番を無視して、後ろに並んでいたお客さんと喧嘩になっていた人を思い出し、内心ハラハラしていた。



しかし、ここに並んでいるお客さんたちはみんな笑顔だ。



ときどき「このキッチンカーのお兄さんカッコイんだよね」とか「今日こそ番号聞くんだ」なんて声も聞こえてくる。



どうやらみんな少しでもお兄さんの顔が見える場所に行こうとして、列からはみ出してしまうみたいだ。



おまけにお兄さんと会話しようとするお客さんが多くてなかなか進まない。




その時、香りのお腹がぐぅぅぅと音を立てた。



このままじゃお腹が減って倒れちゃうよ。



広間の時計を見て見ると、とっくにお昼は過ぎていた。



それなのに列は一向に進まない。



香織はグッと唇をかみ締め、それから大きく息を吸い込んだ。



学校で委員長に抜擢された香織は人を束ねることが得意だった。



大きな声を出せば、たいていみんな耳をかたむけてくれることも知っていた。



「真っ直ぐ並んでください! 他のお客さんの邪魔になるので、真っ直ぐ並んでくださ~い!」



香織は委員会で発表するときと同じ声量で声を上げた。



一瞬、列の中からざわめきが消える。どんな場所でもその一瞬は訪れる。



「はい、真っ直ぐ! 真っ直ぐに並んで!!」



香織は最後尾から小さな体をはねさせて声をかけた。



その声に反応した人たちが少しずつ列を整えていく。



香織の前に立っていた女の人は驚いた顔で振り向き、そして微笑んだ。



「真っ直ぐに並んで~。他の人の邪魔になっちゃうから!」



香織の真似をして、声をかけてくれる。それを見て香織は更に声を大きく張り上げた。



そして、これは素敵な絵日記がかけるぞ! と、胸を張ったのだった。



「列を整えてくれたのは君だね?」



香織の番になり、お兄さんにそう声をかけられて香織は大きくうなづいた。



「ありがとう。本当に助かったよ」



お兄さんは香織が注文したショコバナナを作りながら言う。



「私、こういうのなれてるの。学校で四年生の委員長なんだよ」



「そうか。だからあんなに大きな声を出せたんだね」



香織は大きくうなづき、ポケットの中から五百円玉をひとつ取り出した。



「あ、お金はいいよ」



「え?」



「君には列を整理するっていう手伝いをしてもらったからね、これはアルバイト代として受け取って」



そう言ってクレープを入れた袋を差し出される。



香織は少し躊躇して、それからおずおずと袋を受け取った。



「本当にもらっていいの?」



「あげたんじゃないよ。バイト代だ」



「バイト代……」



口の中で呟くと、途端に嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてきた。



なんだか自分がすごく大人になった気分だ。



「ありがとう!」



「あぁ。明日もここに来てるから、よかったらおいでよ」



「うん! 必ず来る!」



香織はそう言い、大きく手を振って広間を出たのだった。

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