第2話
☆☆☆
広間の駐車場は車で埋め尽くされていて、香織は足を止めた。
普段広間の駐車場が埋まることなんてないから、「うわぁ」と、声が出る。
遊歩道を歩いて広間の入り口へ向かうと大きなアーチがあり《キッチンカーマルフェ》と書かれていた。
そこをくぐるとすぐ右手から人の声がした。
「こんにちは! よかったら、アンケートに答えてね!」
それが自分へ向けられた言葉だと気がついた香織は一瞬驚き、そして長いテーブルへと近づいた。
声をかけてくれたのは二十代前半くらいのお姉さんで、よく日焼けをしていてひまわりみたいな笑顔を浮かべている。
テーブルの上にはアンケート用紙が並んでいて、今回のマルシェについての感想を書く欄があった。
「これを持ってマルシェを回って、記入したら最後にこの箱に入れて帰ってね」
お姉さんはアンケート用紙一枚と、エンピツを香織に差出し、最後に手作りの箱を指差した。
その箱はクラスで作った投票箱に良く似ている。
「わかった」
香織はひとつうなづき、受付を抜けた。
そして、目の前に広がるキッチンカーの集まりに大きく目を見開く。
クレープにイチゴ飴にスムージー。
それにサンドイッチやカレーや焼き芋屋さんまで!
キッチンカーは広場に円を描くように並んでいて、中央は飲食できるスペースになっている。
あちこちからいい香りがしてきて食欲を刺激された香織はゴクリと唾を飲み込んだ。
お昼前でお腹が空いているから、ついカレーに引かれていってしまいそうになる。
その時香織は母親が作っていたから揚げを思い出して左右に首を振った。
ここでお昼を食べちゃいけない。
甘いものを買いに来たんだから!
自分自身を叱咤して視線をスイーツのキッチンカーへ移動する。
クレープか、イチゴ飴か、スムージーか。
近づいていってみると甘い香りにまた食欲が刺激された。
クレープの中身はいちごやバナナ。
ナッツにブドウ。
それに惣菜ものの取り扱いもあるみたいだ。
値段は三五0円と随分リーズナブルになっている。
これなら大金を使うこともない。
隣のイチゴ飴はいろいろな種類があって、イチゴがツヤツヤと輝いている。
しかし、イチゴにこだわったお店のようで、値段はひとつ七百円もする。
逆側のスムージー屋さんも、新鮮な素材にこだわっているようで、安くない。
「クレープ……かな」
沢山お小遣いをもらってしまった引け目のようなものを感じていた香織はそう呟いてクレープ屋に近づいた。
看板に大きく持ち帰りできます! と書かれているから、キャンディーのように包んでくれるはずだ。
香織は前に一度こういう場所でクレープをお持ち帰りしたことがあるから、知っていた。
そうと決まれば買って帰るだけだ。
そっとクレープのキッチンカーの中を確認してみると、頭に白いタオルを巻いたお兄さんが一人で焼いているのが見えた。
さっきの受付の女の人と同じくらいの年齢に見える。
香織からすれば随分と大人で、そしてお姉さんもお兄さんもかっこよく見えた。
アンケート用紙を片手に握り締めて列に並ぼうと振り向いた瞬間、香織は固まってしまった。
なにを食べようか気にしてばかりいたので、クレープ屋さんに長い列ができていることに気がつかなかったのだ。
その列は真ん中の飲食スペースまで伸びていて、大蛇みたいにグネグネと曲がっている。
「こんなに沢山……」
思わず弱気になってしまったが、おいしそうだし安いんだからこれくらい待つのは当然だと思い直した。
食事系のものは買えないのだから、ここに並ぶしかないんだ。
そう思い、大またで列の最後尾へと向かった。
「クレープの最後尾はこうちらで~す!」
マルシェの関係者らしき人が《クレープ 最後尾》と書いてある看板を持って誘導している。
香織はそこに立った。
並んでいるのはほとんど大人の女性たちばかりで、最後尾に立つと前の様子はほとんどわからなくなってしまった。
列が少し進むにつれて、右に左に曲がっていく。
みんなちゃんと並んでいなくて、本当に大蛇みたいだ。
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