第2話怪しき隣の女

杉岡は、勇気を絞り隣に座る綺麗なお姉さんに声をかけた。

「あ、あのう、朝、喫茶店にいらした方ですよね」

女の子は、はい。と頷く。

それまでが、杉岡のキャパシティーだった。

素性の知れない女性に声をかけるなんざ、夏のビーチで軟派な野郎がするものだと考えているからだ。

すると、

「杉岡智弘さん、診察室へお入り下さい」

と、呼ばれた。杉岡は、女の子にじゃ、行ってきます。と、言い残し診察室に入っていった。


診察室には50代の女性医師が椅子に座っていた。この心療内科は、夫が院長で、この目の前の医師が副院長なのだ。

「杉岡さん、まだ、眠れない?」

と、副院長の谷水厚子は杉岡に尋ねた。

「あっちゃん。まだ、夜は不規則で眠れません」

「会社に夜勤の仕事は断れないの?」

「無理です」

あっちゃんはため息をつき、

「杉岡さん、このまま不眠症が続くと、自律神経がおかしくなりますよ。いや、既に自律神経失調症かも知れない」

「自律神経失調症ですか?僕はどうしたら?」

「会社を1ヶ月位、休んでいただきます」

「あっちゃん、それだけはご勘弁を!」

「じゃ、強めの睡眠薬処方するから、1ヶ月後も眠れなかったら、休職して貰います。分かった?杉岡さん」

「はい、分かりました」

杉岡は、診察室を出た。すると、次はあの女の子の名前が呼ばれた。

「タナカユミさん。診察室へどうぞ」

タナカユミって名前か~。ユミっていいな、僕なんか智弘だもの昭和の匂いが漂うもの、と杉岡は何だか自信を失った。

処方箋を持って、薬局に向かった。

「あっ、杉岡ちゃん。最近、眠れる?」

声の主は薬剤師の桜井だ。この人は日によって、前歯の入れ歯を着けたり、外したりする60代のオジサンだ。

「ま~、まだ、眠れないね」

「あっ、コントミンが5錠出てるね。この薬は、混沌と眠りに就くから、コントミンなの」

桜井は薬の効果や由来など詳しく教えてくれるのだ。

「じゃ、僕も今夜から混沌と眠れるんだね?」

「もちろん」

桜井は薬を処方しにバックヤードに消えた。

その晩、杉岡は混沌と眠りに落ちた。


月曜日の朝、眠れた爽快感があり、いつもの喫茶店へ向かった。

あの女の子はいるだろうか?

なんか、最近、女の子が気になりつつある。

入店し、いつもの席に座る。

例の女の子は居なかった。杉岡は少しがっかりした。

そして、週刊紙のヌードを見ながらニヤニヤしていた。杉岡は学生時代はモテた。だが、最近、女が面倒になっていた。

誕生日だの、○○記念日など、くそ喰らえ!

それなら、僕は右手を恋人にする。

杉岡はチョンガーには勿体無いくらいの顔や肉体をしているが、朝から週刊紙のヌード見てニヤニヤしている男だ。変態は普通の女には嫌われるのがオチだ。

「ご一緒、していいでしょうか?」

杉岡は慌てて、週刊紙を閉じた。

例の女の子だった。

「ど、どうぞ」

「ありがとうございます。いつも、1人で寂しくて。でも、お兄さんは1人でも、いつも週刊紙見てニヤニヤしてましたよね?ヌードって、そんなに面白いですか?」

杉岡は顔を赤らめた。し、しまった!バレていたか?

「僕の名前は、杉岡智弘です。お姉さんは?」

「田中ユミです」

土曜日、心療内科で耳にした名前である。

2人の出会いは、喫茶店であった。


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