第11話

 「入れ。」

 トシの言葉を聞き速やかに室内へ入ったのはススムである。彼はトシと且つての縁があり、彼に仕えて館に関するいくつかの案件について調べたりする、いわばスパイである。

 「報告は?」

 「資料室にてとある文献を見つけましたので、持って参りました。」

 「次。」

 「はい。例のリクとユコの件ですが、彼らを一緒に組ませるのは危険かと。」

 トシは長い脚を組んだまま届けられた書物を一旦デスクへ置いて、少し考えるような動作を取った。

 「何故お前はそう思う。考えを聞かせろ。」

 「元来リクは感情移入が強い方、しかし最近では副館長代理の指導によりそれが落ち着いてきていました。しかし、ユコは此方へ来て間もない。それに例の件もあり、先日は客に対し暴言を放つ一面もございました。故に二人を組ませるの危険かと考えたのです。」

 「説明は聞いた。しかし、ユコの件とリクの件は別件扱いだと先日申したはず。それにリクは客に暴言を吐いたユコを止めたという報告も上がっているが――お前はそのまま二人の動向を探れ。怪しい動向があれば、リクを残しユコを斬っても構わん。副館長の温情がなければ合格にはならなかった女だ。」

 「承知いたしました。」

 ススムが去ってから暫し、トシは瞳を閉じて僅かな休息を取る。これでは生きていても死んでいても同じではないか、と何度思ったことかとは浮かんでくるが今は職務を全うしなければならない上に使命まである。となれば彼は動くしかないのだ。旧い和風な書物の表紙には、「罪人星情調帳」と書かれている。トシは「罪人」と書かれたそれに眉を顰めたが、ススムが持ってきたからには有益な情報があるのだろうと表紙を開きそれを読み始めた。


 ――罪人には種類があり、政治犯から冤罪、その他、本来的には罪人とされるべきではなかった者も多々居たとされる。しかしながら、星の温情と人の罪とは深く関わりを持ち、特に首の無い者については温情を与えるか否かは館を司る者に一任されるべきである。特に高名であった者に対しては細心の注意を払い隠匿されるべきであり、通常の敷居を利用させるべからず。しかして罪人が罪人たる所以に異議のある者が在る場合には館を司る者がその話を聞き、その処遇を改めるべきである。


 これはトシだけでなく、ソウにとっても朗報である。仮にまだ救えるならば、と彼は書物を手に館長室へと急いだ。

 「うぬが急ぎの用とは珍妙なことよ。」

 「はい、館長。私は___の処遇について異議を申し上げに来ました。」

 差し出された書物はふわりと浮かんで、館長の手に渡る。彼の読んだ一節には印をつけてあり、間違われることもないだろう。

 「大義を為す混乱において勝者は声高に敗者を罪人とす。余はそれをよく知る、故にかの者は罪人に在らず。星の温情を受け、ある場所にて輪廻の日を待つ身にて。__、この者をかの者の在る場所へ案内せよ。また、貴様の持つ鍵をこの者に与え、管理させよ。」

 「ありがたき幸せに存じます。」

 「下がれ。」

 ――気づくのが遅いのだ、うつけめ。

 この館の主が最後に一言呟いたが、案内を仰せつかったヒカルがトシを連れて離れへの渡り廊下を歩くのに紛れてそれは聞こえずじまいだ。代わりに話好きのヒカルが、気持ちが逸っているらしいトシに話かけた。

 「館長はずっと貴方がいらっしゃるのを待っておられたんですよ。私にこの鍵を預け、貴方が館長か私に彼の話をした際に渡すようにと。」

 「貴方の仕事を代わりに引き受けてきた苦労がやっと報われた気がしますよ、副館長。」

 彼が嫌味を言うのは機嫌が良いときなので、ヒカルはフフと笑った。そして館の離れを赤い提灯が照らしているのが見える。求めてきた彼があそこにいるのだ、早く他の者にも伝えたいがまずは自分が此処で星の温情を受け無事に過ごしていること、そして太平の世が訪れたことを伝えるべきだろうと、トシは渡された鍵を手に離れの扉を開けた。

 「近藤さん!」

 「――おお!トシじゃあないか、散切り頭もよく似合っているな。」

 今はそんな話をしている場合ではないだろう、と言いたくなったが、これはおよそ数百年ぶりの再会だった。いつぞやの京の彼が、確かにそこに居る。

 「お久しぶりです、近藤さん。ご無事で何より、館長の裁量で星の温情を受けることが出来たとか――私はずっと貴方を探していたのです。はやく__にも伝えてやらねば。」

 「まあまあ焦るな、鬼の副長が斯様な姿を部下に見られれば法度も効力がなくなってしまうぞ。」

 「これは失敬を。――しかしながらお伝えしたいことがあります、私は箱館にて戦死しましたが、太平の世はご維新によって達せられたとのこと――我々の護ってきたご公儀は倒れましたが、今は民草が政治を行う、身分の別のない平等な世の中が築かれていると部下より聞いております。我々の大義は無駄ではなかったと、そう言う者も居るのです。それが許される世になったことをご報告させて頂きたい。まず私は局長に、これをお伝えしたかった。――一介の薬売りが武士となり、幕府のために戦うまでとなり、今では星の館を取り仕切る補佐をしております。」

 「よく頑張ったなあ、トシよ。私は輪廻に戻る日を待つ身、晴れてご隠居様ってわけだ。お前にはまだ仕事がある様子、あまり無理はせず気張れよ。」

 「はい。次にお会いする際には__を連れて参りますので、少々お待ちください。鍵は此処にありますし、必要なものはすぐに届けさせましょう。」

 「いいや、私はこれで十分。トシと、__の顔を見られたらそれで良いさ。」

 「いえ、それでは面目も――、」

 「今はもう隊の中じゃあないんだ、今度皆で酒でも酌み交わそう。」

 そう言って近藤は豪快に笑った。最後に見た彼ではなく、その姿は京に出たばかりの頃の彼のようでトシは大いに感動してしまった。彼の言う通りに今は一旦部屋に戻り、文を認めようと来た道を戻って行く。先程報告に来たススムにも何かしらの褒美を与えなければならない。館に関する職務は多いが、彼の仕事の処理能力は他人のそれを大きく上回る。トシは、やってやろうではないか、という気概が久方ぶりに湧いてくるのを感じながら副館長室へと戻った。そのとき、リクとユコについての件は既に頭からすっかり抜け落ちていた。

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