第10話

 「被告人は前へ。」

 ここは裁きの場、トシは突然リクとユコを連れてこの場所へやって来た。彼曰く社会科見学とのことである。つまりは館が裁きの場ではないことを確りと見せるために連れてきたのだろう。勿論館長からの許可はあり、閻魔大王の居るイメージのある場所は現代的な裁判所のようなところであった。しかし皆が死者であるこの場所で、罪人は如何に裁かれ、どのような罰を受けるのか、リクには全く想像がつかない。ただ、ユコは真剣にその様子を眺めている。

 「検察係は被告人の嫌疑について述べてください。」

 厳粛な声が響き、呼ばれた男が立ち上がった。

 「検察係の江藤です。被告人はパートナーに対し、精神的苦痛を与え、その財務状況を知りながら故意に真綿で首を絞めるように苦痛を与えました。パートナーはそれを苦に自殺し、現在はとある場所にて心身を癒しています。被告人は先日起こった交通事故により即死しています。」

「被告人は当該嫌疑について罪を認めますか?」

「――黙秘します。」

粛々と進んでいく裁きの場は館でのやりとりと異なってとても機械的である。裁判官も検察係も、そして被告人も静かすぎるほどで、感情の一端すら感じられないのがリクにはとても異質に思えた。しかも一番おかしいのは弁護人が存在しないことだ。

「被告人は席に戻ってください。検察係は話を続けてください。」

「彼は星の温情を受けることが出来ておりません。裁判官、検察係は証人である観者の召喚を求めます。」

 「検察係の申し出を認めます。証人は前に出てください。」

 そして徐に立ち上がったのはトシである。リクは驚いて彼を見上げたが、ユコは前を向いたままだ。証言台に立ったトシは嘘偽りを述べないことを誓ったあと、検察係の言葉に粛々と答えていくことになる。

 「被告人は星の温情を受ける権利を有していましたか?」

 「いいえ。彼は当館へはいらっしゃっていません、故に星の温情を受けるに値しないと判断されています。」

 「続けて証人に問います、貴方は被告人のパートナーと話したことはありますか?」

 「はい。」

 「彼女はどのような様子でしたか?」

 「とても怯えた様子でした。度重なる脅しと精神的苦痛により、彼女は大変に苦しんでいたように思います。絵画にもその様子は映し出されていました。」

 「被告係からの証人への質問を終わります。」

 「証人は席に戻ってください。それでは審議に入ります、その間は休廷としますので皆さんは退廷してください。」

 傍聴席からぞろぞろと人が出て行く。こういう場になるとすぐにでも話を始めそうなユコが一切話さないことが逆に不安感を煽る。

 「社会科見学じゃなかったんですか?トシさん。」

 「これも観者の仕事だ。館は裁きの場ではない、だが観者は証人としての役割を担うことがある。それを忘れずに仕事をしろ。」

 彼はそれ以上何も言わなかった。それどころか故意に表情を無くして、何を考えているのか一切察することも出来ない上にユコもまた一言も発さない。そして結局、被告人に出た判決は「有罪」だった。彼は輪廻に戻ることも出来ず、かといって星の温情を受けていないためにずっと記憶を持ちながらあてもない旅に出ることになるだろう。これはこの場では一番重い罪である。間接的ながらも人を殺した、というところが争点になったのだ。今回は殺人罪と同程度の罰が与えられることとなり、彼の額には「罪」という焼き印が捺されたという。

 彼らが館に戻ったとき、串団子の包みを持ったソウがやってきた。一本ずつ渡してくれるそれは、何が何やらわかっていないリクと、何も話さない二人には良い薬となった。こういうときに気を回せるのが彼の良いところでもあるのだ。

 「ソウ、これはどうしたんだ?」

 「あー、才谷さんが持ってきたんですよ。お疲れでしょうからってことでした。」

 「……食えないヤツめ、致し方ない。団子だけでも食ってやるか。」

 そう言いながら憎らしげに団子を見たトシは、それを一口食べた。恐らく串団子を頼んだのはソウ本人だろう、しかし彼はそれを才谷が勝手にやったことだとして片づけた。ありがたく団子を食べることにして、四人分のお茶を出してやる。

 「今日のお客は?」

 「相変わらずですよ。惚れた腫れたやの、生き返りたいだのとね。まあ俺の手にかかれば、すぐ片付くことですが。そっちはどうだったんです?トシさんの眼力で被告人殺しちゃったんじゃ……いや、既にみんな死んでましたね。はは!」

 やけに明るく振る舞うソウはあっという間に串団子を食べ終えてお茶を啜った。弄りのやり玉に挙げられた本人はそれこそ人を射殺せそうなほどの視線をソウへ送ったが、大人しく団子を食べているので今回はもめ事には発展しなさそうである。

 「おや、良いですね――串団子。私はちまきが食べたいのですが、……ここはひとつ妥協しましょう。」

 現れた副館長ことヒカルは串団子の入っていた包みを開いたが、生憎と人数分しかなかった団子はもう既にそれぞれの腹の中である。文字通りに這いつくばって悔しがる変人の副館長はさておき、団子が美味かったので良しとする。社会科見学が終わったからといって職務が終わるわけではない、お客はまたやってくるのだ。その気配を察した副館長が起き上がり、何事もなかったかのように皆へ仕事に戻るよう命じた。

 次のお客は二人の女性だった。今時流行りもしない心中用の帯代わりの紐などを互いの手首に巻き付け、二人が離れないようにしている。惚れた腫れた関係はソウの担当ではなかったか、とそちらを見たが彼は既に別件の対応中の様子だ。お客を長らく待たせるわけにはいかず、手を確りとつないだままの二人を案内することにする。

 「ようこそ、当館へ。僕はリクと言います。彼女はユコ、僕の補助としてお二人のご案内をさせて頂きます。――失礼ですが、ご事情はお分かりですか?」

 「はい、才谷って男に聞きましたよ。此処は星の館で見つけられた人間しか入ることが出来ないって。」

 「左様でございますか――、ならば話は早い。ユコ、ファイルを。」

 二人ならば本来二つのファイルがあるはずだが、こうしてお客が心中用の何かを結んでいる場合ファイルは一つだ。ある意味で珍しい案件とも言える。部屋への案内をユコに任せてリクはファイルを眺め複雑そうな表情を浮かべた。

 「りぃちゃん、星がきれい!」

 「そうだね、とても綺麗だ。二人で一緒に見られ良かった。」

 「お話し中失礼いたします。お二人は現在、物理的且つ精神的な糸で繋がっている状態にあり、非常に危険かと……リコさんは生きていらっしゃいます。現在入院中ですが、回復可能な状態にあります。ですから本来的には此方に来ることは出来なかったわけです。そして残念ですが、アヤメさんは既にお亡くなりになられています。」

 つまるところ心中は失敗し、一人は死亡、もう一人は生還という彼女らにとって最悪のパターンということだ。

 「じゃあどうしたら良いんです?」

 「失礼ながら、その物理的な糸を切り、リコさんのみお帰り頂くことになります。」

 「そんな……私、アヤメなしじゃ生きていけない……、」

 「りぃちゃん、そんなこと言わないで。そういう運命だったんだよ、早くしないとりぃちゃんまで危険になっちゃう。ですよね?リクさん。」

 「ええ、残念ながらそういうことになってしまいます。お二人で絵画をご覧になることは出来ますが如何致しますか?」

 これは二人にとってかなり残酷な話である。同じ絵画を観ることは出来ても、結局片方は帰らなければならない。今回は選択の余地なく、リコと呼ばれた女性は戻る必要があるのだ。項垂れるリコを後目に、既に死んでいるアヤメは彼女の手を引き、浮かんだ絵画を眺めている。時々指をさして、このときはこうだった、などという話を繰り返す。

 「ねえ、りぃちゃん。私のためにこれしようって言ってくれたでしょう、余命も少なかったからね……でもね、ここが現世でなかったとしても、また一緒にりぃちゃんと歩けたの、私は嬉しかったんだよ。それに、私っていっぱい愛されてるんだなあって思ったの。りぃちゃんが生きてるなら、私の分まで生きてくれないかな?きっと戻ったら、私を殺した、なんて言われるかもしれない。だからこれは私のワガママ。いつもは私がりぃちゃんのワガママを聞いてあげてたでしょ?だからお願い、生きて欲しいの。一緒に。――あの、この紐って遺すことは出来ますか?」

 「お望みとあらば、そのように手配しましょう。」

 「紐、遺せるんだって!だから、いつも一緒だよ。私はりぃちゃんが大好きだから、ずっと、ずーっと。」

 最後の方には涙声で何を言っているかリクとユコにはわからなかったが、リコには確りと伝わったらしい。強く彼女を抱きしめたあと、絵画はいいから紐を切ってくれと願ってくる。

 「本当に宜しいのですね?」

 「私の決意が変わらないうちに早く。」

 二人を結んでいた紐は切られた。そうして、リコは言葉通りに消えていく。恋人達は互いに愛の言葉を伝えあいながら、今生の別れを済ませたのである。

 「お二人とも、ありがとうございました。絵画は結構です、りぃちゃんに伝えたいことは伝えられたし、思い残すことはありません。」

 「左様でございますか。では此方は如何でしょう?」

 リクはいつぞやトシがしたように指を鳴らして見せた。景色は変わって此処は病院の一室だ。先程消えたばかりのリコが穏やかに眠っており、その手には先程切られた紐が握られている。アヤメはぽろぽろと泣いたが、もうその声は彼女に届かない。

 「幸せだったのかな?あの二人。」

 「僕の主観だけれど、幸せだったんじゃないかな。死による記憶は鮮烈だ、だからあのリコという人は絶対にアヤメさんを忘れることは出来ないはずだよ。それに今回の件はあの紐のお陰で事案の一からは外れるし、僕らのようになる心配もない。彼女が天寿を全うしたとき、星の欠片がきっと彼女の思い出を見せてくれるさ。ユコはどう思う?」

 「やっぱり少し可哀想、だったかな――届かない、というか、もし二人とも生きていたとしても、きっと一緒にはいられなかったと思うし……複雑だよ、私……。」

 「それぞれには事情があるからね――こういった件を片付けるのはソウの担当だ、今回はたまたまだしもう滅多にないよ。」

 長い廊下を歩く二人の会話は続く。その様子を眺める影がひとつ、副館長室へ入っていった。

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