第6話

 あの件以来、リクは時々ソウの補佐をするようになった。画廊には入って来られるが、星の温情を受けられない者達は想像以上に多いのだ。そう考えると、ここで星の温情を受けながら罰を受けている方がマシではないかとさえ彼は思い始めていた。しかし観る度に精神が摩耗するのはこれもまた罰なのだろうか。答えのない、内側の問いはどんどん膨らんでいく。

 「リクじゃありませんか、お久しぶりですね。トシ君のスパルタから色々と任されていると聞いていますよ。問題なく?」

 休息の時間に声をかけてきたのは副館長のヒカルである。今は逃げる体力さえ持ち合わせない。これでは以前と同じではないか、とリクは何かに八つ当たりしたくなった。しかし八つ当たりしたところで現状は変わらず、逃げようとすれば星の温情を受けずに旅に出る者達と同じ運命を辿ることになるだろう。

 「逃げよう、だなんて考えていませんよね?トシ君のスパルタのお陰で星の温情を受けない者がどうなるかはよく見ているはずだ。さて、客が来ますよ。次はきっと貴方も少し落ち着ける相手でしょう。」

 意味深な笑みを残して副館長は去っていく。リクは言われた通り、お客を待つためにエントランスへと出ることにした。――窓の外には相変わらず赤い提灯の光が見えている、リクがそれをぼんやりと眺めていると、白いワンピースを着た少女が館へ入ってきた。副館長の言うそれは久方ぶりの通常案件ということだったか、と内心安堵している自分がいる。

 「ようこそ、当館へ。僕はリクと言います。」

 「初めまして、私はナツと言います。宜しくお願いします。」

 動じない彼女に不思議さを感じていると、少女はふふと笑った。

 「私、此処に来るのって二回目なんです。このあとは星の部屋へ行って、絵を観るんでしたよね。」

 こういう場合もあるのかとリクは驚きを隠せずにいる。此処から戻ることが出来るということは、現世では奇跡の生還を果たした者ということになるのだから。しかしずっと考えてもいられない、仮に彼女がここの存在を知っていたとしてもすべきことは同じだ。

 「ではご案内を。――、でもよく覚えていらっしゃいましたね。戻られる方にはお菓子を差し上げているのに。」

 「ああ……あのクッキーですか。私、アレルギー持ちで食べられないんです。美味しそうだったんですけどね――次のお菓子が楽しみです。」

 そう言って笑う彼女は朗らかで暫く特殊な案件ばかりを補佐していたリクは心が安らぐのを感じた。突然狂気を見せたあのアイドルが目に焼き付いて離れないが、彼女は恐らく違う人種だろう。「__夏樹。十八歳。十三歳の頃、白血病を患っていた彼女は一度加護を受けに来たが帰宅を選択。今回は――、」ファイルをそこまで読んで、彼はページを閉じた。今は朗らかな彼女の案内、そして観者としての役割を果たすことが専決だ。

 「リクさん!その星、私が選んでも良いですか?きっとファイルに書いてあるのはこの前と同じだから。きっと私が此処に来るのは最後だもの……、どう?」

 ファイルを捲っていくと前回の資料も残っており、そこに書かれた星は二つを除いて同じものである。二つから選びとる程度のことは許されるはずだと、彼は許可を出すことにした。

 「選んでも構いません。ただし、選ぶのは僕が示すうちのひとつだけです。良いですね?」

 「はーい。」

 そうして、ファイルに書かれた星の二つを示したリクは彼女が選ぶのを待った。しかし一向に選ぶ気配がない。彼女の手は震えていた。この館に居る間はどんな病気や怪我でも影響を受けず、今まで物を見たことがない人物にさえ加護を与えるのにそれを出来ないということは彼女が怖がっているのだ。幼い頃からの病、そして臨死体験、次に星を選べば彼女が此処からあちらへ帰るという選択肢は断たれるということになる。

 「大丈夫ですか?」

 「――ああ、ごめんなさい……、もう大丈夫です、」

 彼女は目元を手で拭って星を選び引き寄せた。掌に乗った星はやがて宙を舞って彼女の周りを浮遊している。彼女はきっと星に愛されているのだろう、とリクは何故か思った。今度、この館にある資料室で調べて見てもいいかもしれない。星と戯れる彼女は美しく、リクが最近目にしてきたお客とは全く異なる人種だ。

 「ありがとう。」

 そう言って彼女は戯れていた星を仲間の元へと返してやる。そしていつものように、いくつかの絵画が彼らの周りに浮かんだ。その中のひとつひとつに彼女にとっての思い出が映し出されている。彼女は愛しげにそれらを見つめたあと、ひとつを選びとった。先程彼女が戯れていた星が生み出した絵画である。迷うことなく伸ばされた手がそれに触れると部屋の景色は美しく変わった。

 満開の桜並木の下に、卒業式だろうか?制服を着た彼女が両親を振り返りながら歩いていく。時々友人らしき人物と話して、その表情はとても明るい。きっと彼女は高校の卒業もああして迎えることを望んでいたのかもしれない。今の季節は此処ではわからないが、もしかするともう少しで卒業だったということも十分にあり得ることだ。

 「リクさん、星さん、ありがとう。」

 彼女は泣きそうな顔をしながらも朗らかに笑った。

 「――ご卒業おめでとうございます、ナツさん。」

 そうしてリクもまたそれに応えるように微笑みかける。彼女は驚いたような表情を浮かべたが嬉しそうに頷いた。

 「では、次のお菓子ですね。さあこれをどうぞ、次にお会いするときは味の感想を聞かせてくださいね。」

 それはいつも通りの金平糖だが、つい口をついて出てしまった。それを食べれば彼女は今あったことの全て、そして元の世界の全てをも忘れてしまうというのに。リクは心が洗われるような気分だ、と思った。

 「ふふ、きっとこれは甘くて美味しいんだろうなー。でもお祭りの後でしたよね?」

 「ええ、お祭りを楽しんでから旅のお供に。」

 「何度も言うけれど、ありがとう。――またね。」

 そう言って彼女は導かれるように館を出ていく。リクは此処に来て初めて、自分の罪深さを思い知った。だが同時に星に愛されている者、については調べてみたいと思う。

 エントランスに戻った彼は早速許可を取ることにする。しかし資料室へは少なくとも二人居なければ入れないというルールがあるので、彼は共に入る者を探さなければならなかった。それに許可も必要である。

 「彼女が気に入りましたか?リク。」

 神出鬼没の副館長が声を掛けてきたので、ここでは素直に頷いておくことにする。ならば、と迷惑そうに連れて来られたのはトシであった。

 「トシ君には調べものがあるとか。それで、リクにも調べものがある。一緒に行っては如何です?」

 「あの――、副館長……トシさんが物凄く嫌そうな顔をしてますけど。」

 普段からある眉間の皺が三割増しにも見える彼はどうにか副館長の手を振り払おうとしているが、どうにもうまくいかないらしい。

 「致し方ない、副館長がそこまでおっしゃるならばリクも連れて行きましょう。ただし、互いに干渉はなしだ。わかったな?」

 結局折れた副館長代理は、「ついてこい。」とだけ言って廊下を進んでいく。リクが資料室に入るのは初めてのことである。

 「トシさん、良かったんですか?ソウと約束していたんじゃ……。」

 「嗚呼――アイツには今、面倒な案件を片付けてもらっているところだ。つまりそれどころじゃない。それに此処に入るためには最低でも一人伴う必要がある、私も例外ではないんだ。つまり私とお前の利害は一致している。私は星の欠片の余りを調べるが、お前は本に用があるのだったな。書物の類はそちらだ、勢い余って壊さないように。」

 「はい、ありがとうございます。」

 トシが示した方へ入っていくと、小さな星が彼の周りを漂った。どうやら彼らはランプの代わりということらしい。そして目当ての書物はすぐに見つかった。「星の愛と加護」、如何にも宗教くさいネーミングだがこの場所自体が現代ではないために不思議と違和感を覚えない。読書台につき古びた本のページを開くと、辺りを漂っていた星は動きを止めてページを照らしてくれる。


 ――星の愛を受けし者は、生を持ったときから既に運命を定められている。愛を受けるがために加護を受け、加護を受けるがために愛を受け入れよ。かの者が運命を全うしたとき、星は愛を持ってかの者を導き、相応しい場所に連れていくであろう。永い旅路の果てには美しい星々が待つ。


 読んではみたものの、リクには意味がわからなかった。これは意味を訊くしかあるまいと別の場所で星の欠片の余りを探しているトシの元へ向かうことにする。漂う星は相変わらずついてくるが、トシの周りに彼らは居なかった。

 「トシさん、この部分がわからないのでお尋ねしたいのですが――宜しいですか?」

 欠片のひとつを元の場所へ戻したばかりの彼に尋ねると、共に読書台へつく。彼はリクの周りに漂う星々を見て、やはりかと一言呟きかけたが言葉を止めた。

 「それで、何処がわからないんだ?」

 「ここです、永い旅路の果てには美しい星々が待つ。の一節。」

 トシは頷いたが、どう伝えるべきか迷っている様子で暫し考えてから言葉を発した。

 「お前は金平糖を渡した相手が何処へ向かうかは知っているか?」

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