第5話

 休息も終わり、トシとソウの二人は心ゆくまで酒を楽しんだようだ。お陰でソウがリクに付きまとっている。元来リクはそういった部類の者が苦手であるため、隠しもせず迷惑そうにするがソウもそれを止める気配はない。そして相変わらず遠くに見える祭りは賑やかで、いつものように仕事の時間もやってくる。

 「ようこそ、当館へ。僕はリクと言います。」

 いつも通りの台詞を述べて、客を案内することにする。しかし館長と仕事中だったはずのトシがやってきた。

 「あの……トシさん、何かありました?」

 「いいや、お前にとっての初案件、とだけ言っておこう。あとは私が引き受ける、お前は控えていなさい。」

 リクは短く返事をして、トシの後ろへ一歩下がった。今回の客は見たところ高校生ぐらいの美少女である、何やらカラフルな制服を纏っているがそういった学校もあるのだろうか。営業スマイルを浮かべている鬼の副館長代理は温和に対応を始めている。

 「ではお部屋にご案内しますので、私についてきてください。」

 「えー、あのー、――これってセットか何かですかー?」

 トシが彼女の質問に答えないので、リクは彼女の側へ寄って「ここは貴女のための画廊ですよ。」と教えてやることになった。それでもまだ訳の分かっていない様子だったが、満天の星を見るなり部屋中を見て回っている。

 「貴女はこれらを観るか否か、選ぶ権利を有しています。ご覧になられますか?」

 彼女が星を見て回っている間にトシは星の中からいくつかの絵画を引き寄せていた。問いかけに彼女は不思議そうな表情を浮かべている。

 「もしかしてこれってドッキリ?なんか絵の中の人、動いてるし。あ、コレって言っちゃいけないやつでしたね……すみません。もう一度お願いします!」

 彼女はぺこりと一礼して、満天の星を見る演技に戻っていった。リクは彼女にこれはドッキリではなく現実だと伝えようとしたが、それはトシによって止められてしまった。そしてハタと止まった彼女は思い出したように、絵画を眺め始める。

 「リカってさ、アイのこと殺そうとしたんでしょ?」

 「エリカちゃん、それ言っちゃまずいって。言うなら小声でね。」

 「しかも本人も道連れで、今危篤ってマネージャーから聞いたけど。まあ私はリカが居なくなってせいせいしたけどね。アイツに合わせなきゃ、私らまで同じ目に合ってたかもしれないし――、後でアイのお見舞い行こうよ。いつも頑張ってたじゃん、あの子。リカが居なきゃ、こっそり仲良くする必要なんてなかったしね。」

 普段ならば音の聞こえない動く絵画が言葉を発している。これがトシの言っていた初の案件たる所以なのだろうか。そしてまた別に病院が描かれた絵画が並んで浮かんでいる。ひとつには横たわる女の子とその家族が、そしてもうひとつには一人でベッドに横たわる彼女本人が描かれている。

 「もう一度聞きます。ご覧になられますか?」

 トシの冷静な声が満天の星を映す部屋の中でやけに大きく響いた。当の彼女はへたり込んで両手を顔で覆った。それを不憫に思ったリクは励ましに行こうとするが、またトシによって止められてしまった。しかも今度は言葉つきで。

 「私は控えていなさいと言ったはずだ、リク。大人しく出来ないならば退出しろ。」

 「――失礼しました。」

 鬼の副館長代理は規律に厳しい男だ、理由なく逆らえば何らかの処分が下るだろう。それを鑑みるとリクはやはり彼女を黙って見ている他なかった。肩を震わせる様子を可哀想だ、と思った瞬間に彼女は顔を覆うのをやめて天を仰いだ。そして突然大笑いを始めたのだ。

 「はははは!!冗談きついってマジで!!!アタシがあの子を殺したって?ええ、ええ!殺そうとしたけど何か?みんなだってアイツのこと嫌ってたじゃん!!ダンスも歌も下手なクセして顔だけは可愛くて!それで、私頑張ってます!!みたいな顔してさ!!ずっと努力してたアタシがバカみたいじゃんか!あははは!!!」

 腹を抱えて笑う彼女は徐に立ち上がり副館長代理に掴みかかったが、ピクリとも動かない彼はとっくの間に営業スマイルを引っ込めて表情なく彼女を見下ろすばかりである。

「ねえ、トシさんって言ったよね?ドッキリなら教えて!!それじゃないなら、なんであの子じゃなく私なの?私何か悪いことした!?おかしくない?ねえ、なんでもするからさ!トシさん、アンタさ、よく見たらイケメンじゃん。リカ、なんでもしてあげるから!!どうにか出来ないの?ねえ!」

 「――私はまだ貴女の答えを聞いておりません。絵画をご覧になりますか?なりませんか?」

 鬼気迫る様相の彼女は綺麗な化粧も崩れて文字通り目も当てられない様子になっていた。しかし動じることなく彼女に尋ねかけたトシは少し待ったあと、仕方がないといった様子で一つ指を鳴らした。その瞬間、室内の景色は変わり、建物の三階ほどだと思われる場所から少女二人が落ちていくのが見える。すぐに救急車が到着し、二人は病院へ運ばれていった。手術を終えた病室のベッドには彼女自身が横たわっているが周りには誰もいない。トシがもう一度指を鳴らすと、本来見ることの出来ないはずの隣の部屋の様子が映し出される。周囲には数名の人がいて心配げにしているが、そちらの少女は木にぶつかったために幸い怪我は軽く済んだらしい。

 「私は大丈夫ですから――それよりもリカちゃんは?私がドジしちゃって、落ちそうになったのを助けてくれたんです。」

 トシが手をポンと叩いたところで景色は満天の星に戻った。絵画は相変わらず浮かんだままだ。放心状態の彼女は再びへたり込んで、命乞いをするのもやめたらしい。

 「絵はご覧になられましたね。お気に召しましたか?貴女があまりにも必死だったので今回はサービスをさせて頂きました、良かったですね。此処は、貴女のための画廊です。今ならば貴女はあちらへ戻ることが出来る。如何致しますか?」

 トシは再び先程の営業スマイルを浮かべて、へたり込む彼女の側へ膝をついた。答えない彼女に彼は言葉を続ける。

 「ご覧になられた通り、今貴女は危篤の状態にあります。このまま生に戻ることも、このまま死に向かうことも出来ます。さあ、選んで――。」

 「――このまま戻っても、居場所なんてない、このままでいいよ……まあ何とかなるでしょ!だってアタシ悪くないんだもん。アイだって生きてたわけだし。」

 「左様でございますか、ではそう手続きをさせて頂きますね。あの扉を出て、お祭りへどうぞ。ここから先は長旅になります、どうかお気をつけて。」

 抑揚のないトシの声だけが響き、星空の扉が開いた。その向こうへ行けば祭りのある通りに出る。リクは金平糖を渡そうとしたが、トシの視線を感じてそれを止めた。

 彼女が扉を抜けたあと、トシと連れ立ってリクは副館長室へ向かった。部屋の主はどうせこの部屋にいることがない上に、今は館長の補佐をしている彼が使っている部屋だ。座ってよいとの言葉を受けてどしっと腰を下ろしたリクは疲れたとでもいうように項垂れた。暫しの静寂、そのあとトシが口を開いた。

 「彼女は現世で偶像を演じていた、しかし崇拝されるあまり自分自身が人間であることを忘れてしまった。リク、何故私がこの仕事にお前を同席させたかわかるか?これは本来ならばソウの仕事だ。」

 「いえ、わかりません。」

 「お前は客に感情移入し過ぎる帰来がある、此処で実務を始めて間もないのもあるだろうがね。故に私がソウの仕事を引き受け、お前を同席させたのだ。――今の気分は?」

 「何が何だか……でも、金平糖を渡せませんでした。旅は長いのに。」

 リクは項垂れたまま、渡せなかった金平糖の袋を握りしめる。副館長の椅子へ腰かけたトシは長い脚を組んで優雅に珈琲を飲んでいる。

 「あの場合、金平糖は渡さない――星の温情は相応しき者にのみ与える。それが我々観者の役目でもある。この画廊は裁きの場ではないが、星の温情に相応しいかどうかを見極める機関でもあるからな。そして我々もまた、星の恩恵を受けながらも罰を受け続ける必要がある。今回の件はありがちなものだが、客に感情移入し過ぎるお前がどういった反応を示すのか、そしてそれに慣れていく必要もあったんだ。そして知っての通り、此処で絵画を観者と共に鑑賞したあと彼らは祭りのある通りを進んで旅に出る。輪廻転生という言葉ぐらいはお前も聞いたことがあるだろう。」

 変人の副館長でさえもこの話はよくしてくれていた話であったが、実体験となれば話は別だということをリクは理解した。トシによれば、まだ彼には早いという副館長の判断を館長が一蹴してトシに任せることにしたらしい。

 「彼女は、どうなるんですか?」

 「星の温情を受けられなかった彼女は、祭りの通りを抜けて旅に出ることは出来ないだろう。人を殺した者、そしてその悪意を昇華出来ない者は裁きの場に召し出されることになる。彼女は絵画を観賞したあと、戻ることも出来たがそれをしなかった。それに戻ったとしても苦難が待ち受け、再びこの館へ戻ることすら出来ないだろう。此処の星々は無為な人殺しや利己的な悪意を持つ者に温情を与えない。今回はたまたま、彼女が戻ることを選ぶことの出来る者だった故に入ってこられただけだ。――少しは落ち着いたか?」

 「……はい、ありがとうございます。――トシさんは、いくつもああいう方を?」

 「私は館長ほどではないが、此処に来てかなり長い。そしてお前はまだ日が浅いんだ、そのうち慣れるだろう。それに、俺やソウは元来こういったことには強いんだ。お前よりも元から耐性がある。」

 此処で働く者達は互いの素性をよく知らない。リクが知っているのはトシが鬼の副館長代理であることと、彼がソウと顔なじみであることぐらいだ。もし仮に察することがあっても誰もそれを口にしない環境というのは居心地がいい。そして自分と向き合い、人と向き合い、職務を全うしていくのだ。

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