第4話――観者達の休息

 この日は年の瀬だというのにお客はまばらだった。お陰でリクも案内という仕事がなく、ぼんやりと窓の外の祭りの灯りを眺めるだけだ。この世界はいつも夜であり、景色が変わることはないが少しの休息というのに何となく特別感があるのは間違いない。

 彼がここに来て、もう数年か、或いはもっとかもしれないがそれを知る術はないのだ。それを知るのは、あの威厳たっぷりの館長と師である副館長ぐらいのものだろう。近々、ここにまた仲間が増えるという話をソウから聞いたのは少し前のことである。リクには同期が数名いたが、彼らは既に脱落者となってしまった。此処に居る者にとってここで過ごす時間は罰であり、そして現世で言うところの執行猶予期間に当たるが脱落してしまうと同時に執行猶予も消えてしまうのだ。

 「なんだ、辛気臭い顔をしているな。祭りにでも行きたくなったか。」

 「――トシさん。」

 彼は副館長の役割を果たさない副館長の代わりに館長を補佐している者だ。大変に頭がよく、規律に厳しいが副館長と同じように他に此処で働いている面々にも声をかけることがある。今回は自分の番か、とリクは思った。

 「しかして、あの祭りは別に良いものじゃない。見た目は華やかだが、それだけだ。お客の旅費を食いつぶすための場所さ。それに我々は薄給で綿菓子の一つも買うことが出来まいよ。」

 彼はそう言って近くの椅子へ腰かけた。どうやら客が来ないのも相まって、館長の仕事も少ないのだろう。口許だけでフッと笑った彼は、日本酒の入った徳利を二本取り出して見せた。

 「一杯付き合ってくれ。小洒落た器がないのは残念だが致し方ない。」

 この館は豪華な装いをしているが、此処で働く者に対しての娯楽は殆どない。時々お客が置いていく酒などがあるだけだ。彼はそれを管理する役目を仰せつかっているはずだったが、規律に厳しいはずの彼が何故、と思っていたところ心の中を読んだかのように答えは返ってきた。

 「勿論、館長からのお墨付きは頂いている。」

 さあ付き合え、という風に強引に徳利の一つを渡されると、トシはそれを一口グイと飲んだ。元からの美男も相まってその仕草故に、お客を担当しないのが勿体ないほどだ。リクは続けて一口だけ酒を口に含んだ。慣れない酒の風味はするが、やはり味はしない。

 「これで酔えないってのが風情に欠けるものだな。まあ雰囲気だけでも構わないだろう?それに香りはする。」

 リクは頷きをひとつするだけで声は発さなかった。否、発することが出来なかったのである。窓の外の風景と、蝋燭で照らされた館の雰囲気、そして憂いを帯びた雰囲気が今まで客と観た絵画のどれよりも風情があったからである。しかし、そこに乱入してきたのがソウである。

 「狡いぞ!ソウ。お前だけ飲んで!トシさんに見つかったら、……あ。」

 微笑む鬼以上に怖いものがあろうか。ソウは文字通り固まって、その場を動けずにいる。リクはその様子を暫し眺めていたが、これは大惨事になるかもしれないと考えてその場を去ることにした。勿論、酒の残った徳利をソウに押し付けることは忘れずに。

 「はは!リクのやつ、叱られると思って!」

 「あまり揶揄ってやるな、――ソウ。折角だ、一杯飲んでいけ。」

 「ありがたく頂戴します。」

 彼ら二人が冗談でやっていたこととは露知らず、逃げていくリクの必死な背中を眺めながらトシがまた一口酒を飲んだ。

 「――その後、手がかりって……。」

 「いいや、見つからん。それに、お前が見ていないならば尚更だ。お前は私よりも先に此処へ赴任している筈だからな。」

 トシは窓の外を眺めながら、考えるようにつぶやいた。しかしその答えが見つかる気配はなさそうである。それを見ながら、ソウもまた酒を飲む。客が来なければ穏やかな館だが、二人の周りはより一層にそういった雰囲気を放っている。

 「刀の腕じゃ、この任は出来ませんから俺が此処に就くまでの間にという可能性もあるでしょう。」

 「まあ、もう少し調べてみるとしよう。副館長から鍵も預かっている、この館に残った星の欠片もいくつか見ることが出来るはずだ。――それにしても、お前とまたこうして盃を交わせるとは夢にも思わなかった、__。」

 「まさか、鬼の__と共に平穏な盃を交わす日が来るなんてね。道場以来のことでしょう。」

 「それ以上を言葉にするのは止めておけ。折角の風情は大事にしなければなるまいよ――それに……生憎と酔えはしないが、捧げることは出来るさ。いつか、あの人も共に盃を。」

 こうして長い夜はより一層深まっていくのだ。リクが、ソウに叱られる役目を押し付けてしまった罪悪感に苛まれて、逃げてきた道を戻ったときに見えた光景は正しく笑い合い、酒を酌み交わす同志の姿だった。邪魔はやめよう、そう思った彼は来た道をまた戻っていく。

 「おや、リクではありませんか。今日はお客が来ませんね――私も退屈で仕方がない。実験用に拝借した玩具も壊れてしまって……って聞いてます?」

 今はヒカルに絡まれたくないリクは足早にその場を立ち去ろうとしているので、彼の言葉には反応しないことにしたが、ヒカルは長いリーチですぐに追いついてしまう。それどころかリクの目の前に立ちふさがって歩みを止めざるを得なかった彼を見下ろしている。

 「貴方の後輩が新たにやってくることについて、何か情報を知っていますか?」

 彼が何故この質問を自分にぶつけるのかわからず、リクは首を傾げるだけにとどまったが仕方がないので、質問の意図を尋ねてやることにする。

 「生憎と僕は知りませんね、新しい人が来るとはソウさんから聞きましたがそれ以上は。」

 「そうですか――おかしいですね、貴方もよく知る人物、とのことだったのですが。まあどちらにせよ、適性検査に合格しなければ我々と共には働けないのであまり気にすることもありませんね。ファイルを先に見たりしないように。」

 変人は言いたいことだけ言って去る性質の持ち主でもあるようだ。リクはどっと疲れて、広い自室へと戻った。この館に休息がある日は珍しいのだ、休まない手はない。

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