第3話

 この画廊は裁きの場ではない、故に措置とはいっても出来ることは限られてくる。しかし裁きの場ではないからこそ、星の欠片は渡されてお客は次に備えることが出来るのだ。その措置というのは星の欠片を渡すか否かなのである。

 その日も外は相変わらず祭りの提灯がよく見えるが、この場所は時間の進み方がおかしい。それでも毎日のように客はやってくる。

 「リク、仕事には慣れたか?」

 そう彼に声をかけたのは同じく館内で働くソウである。この美丈夫は女性のように肌が白く、面倒そうな女性のお客を任されている可哀想な人物だが面倒見は良い。

 「ええ、大分。それにしても、此処はいつもお祭りですね――僕は行ったことありませんけど。」

 「そうだな……都を思い出すよ、いつでも祭りってわけじゃなかったが風景が似ていると感じることはある。だがあれも、此処に来る人達のためだからなあ。」

 そう言いながらソウは去っていく。彼の言う通りに祭りは此処にやってくる者達のための催しである、もちろん無料というわけではなく対価は必要だがそれなりに楽しめるだろう。対価を払える者であれば近くにある宿に長居する場合もあるらしい、とリクは思い出した。

 「あの、すみません。」

 彼がそう考えているうちに新たな来客があった。立派なスーツに身を包んだ紳士である、歳の頃は五十代半ばといったところだろうか。

 「ようこそ、当館へ。僕はリクと言います。えーと、」

 彼がファイルを見ようと表紙を捲ったが、それに目を通す前にお客の方が先に名乗った。

 「西島さん、宜しくお願いします。状況は、おわかりですか?」

 「ああ、それだ。実は道に迷ってしまったようで、これから会議に行かなくてはならないんです。」

西島の言葉を聞いたリクは自らがこの場について説明しなければならないことを悟った。

 「此処はあなたのための画廊です。お時間がないとは存じますが、少しばかりお付き合い願えますか?――この場所は誰も知らない場所なのです、つまり貴方は選ばれたからこそ此処に居るわけです。」

 「申し訳ないが、お茶を一杯もらえないか。ずっと喉が渇いていて。」

 「ああ、それは失敬。……どうぞ。」

 何処からともなく現れた茶ではあったが、西島はそれを気にすることなく一気に湯呑を空にした。どうやらソウが担当するような面倒なタイプではないようで、リクは画廊のある部屋と別の客間に彼を通した。エントランスで話していては他の客と鉢合わせて厄介なことになりかねないためである。

 「それでは話の続きを。僕は貴方が選ばれた、と申し上げました。それはつまり、この世の慈悲を受けるに値すると考えらえたためです。僕はこれから貴方を画廊に案内します。そこへ行けば貴方が何故、此処にいらっしゃるのかおわかりになるでしょう。――では此方へどうぞ。」

 リクは西島を伴って長い廊下の先へと案内した。満天の星が輝くあの部屋である。それを見た西島は夜では時間に間に合わない、と焦って時計を見たが恐らく彼の時計の針はぐるぐると回っているだろう。その間にリクは星のいくつかを引き寄せて慣れたようにいくつかの絵画を浮遊させた。

 「先程も申し上げた通り、此処は貴方のための画廊――お客様、おひとつお選びください。きっと気に入りますよ。」

 西島は信じられない、という表情を浮かべたが絵画のひとつひとつを見て回り、納得したように頷いた。そして導かれるようにひとつの絵画へ触れる。

 景色は変わり、病室のベッドの上に本人が横たわっている。周りを囲む親族と思われる人々が祈りを込めるように話しかけているが、西島は声を出したくても出せない様子だった。これは彼の死の場面なのである。

 「あんなに元気だったのに、急に倒れるなんて……。」

 「父さん、俺……いつも反抗して――でも会社はちゃんと守るから。……ごめんな、もっと早くに……、」

 泣いている妻らしき人の言葉のあと、息子なのであろう彼の台詞を最後に景色は満天の星の世界へと戻ってきた、そこで彼は事切れたのであろう。西島は彼自身が涙を流していることに気づいていない様子だが、その場に蹲ってしまった。

 「――よく出来た息子なんだ……、でも俺は……アイツが何をやっても、ずっと叱ってばかりだった。もっと褒めてやれば……、もっと色々と教えてやっていれば、」

 そう言って彼は床を強く叩いた。リクは隣へしゃがんで、ハンカチを差し出し背中を摩ってやった。こういうことなどあったろうか、と彼自身も思い出そうとしたが、そのような記憶があれば今ここには居ないのだということを思い出して考えるのをやめた。

 「誰しも後悔はあるものです。人間は欲深い、だからもし貴方がそれを実現出来ていたとしても後悔したでしょう。それにきっと、西島さんの想いは届いていますよ。大丈夫です、貴方の言葉は誰かに残って受け継がれていくものですから。……さあ、これを。」

 彼は西島の背を摩っていた手を止めて、金平糖の入った袋を手渡した。

 「このあとは長い旅になります。下のお祭りで少し休んでいかれてはいかがですか?旅へ出る決心がついたら、これでも食べて元気を出してくださいね。」

 「――ありがとう。……じゃあ私はこれで、」

 「行ってらっしゃいませ――。」

 リクは今までの客とは違い、少し感傷的な気分を感じたがそれには蓋をして笑顔で手を振った。戻ってきたハンカチをぼんやりと眺めてみるが、複雑な感情が浮かんでくるばかりでそのやり場は存在するはずもない。

 「肩入れしすぎです、リク。」

 「ヒカルさん――。」

 「お客と自分とを重ねてはいけない、と私は教えたはずですよ。我々は彼らとは違い、感傷に飲み込まれれば厄介な存在になり果ててしまう。何処にも行くことが出来ず、さ迷い続けて最後には消滅するのがオチです。仮にも教育係を務めた私にその役目をさせないで頂きたい。――私にも感情は、多少残っているのですから……。それに、貴方は……いえ、この話はやめておきましょう。」

 長話好きの変人は時々全うなことを言うので、この際質問でもしてやろうかとリクは考えたがヒカルによって口に突っ込まれたカステラがそれを許さなかった。

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