第7話「洋服が人間をつくる、裸の人間は社会に影響力を持たない」
2000年10月6日
今回の実験は、採用の可能性が高い洞口教授に対抗意識を持つ高岡教授の第六研究室と、合同で行われた。洞口教授のGG細胞に手柄を奪われるくらいなら、という大場の提案である。
第六研究室で擁している被験者はいずれも犯罪を犯して被験者として迎えられた囚人であり、その中でも特段優秀な7名は「七つの欲」になぞらえた欲望をトリガーとして能力を発現していた。
そして、初回の実験対象として選ばれたのは『色欲』担当の能力者であった。
第六研究室の研究員を含めたメンバー見守る中、大場が発動実験の開始を告げる。
「『DV細胞変換、及びAG細胞の機能拡張実験』を始める!」
「さぁ、マリアくん。早速だが能力を発動してくれたまえ。」
玩具を見せびらかす子供のように浮かれた声で、大場がマリアに指示を出す。
「・・・はい。コード:エンジェリック、発動します。」
マリアが無機質な声とともに瞳を閉じると、その体は白い光に包まれる。
――余談ではあるが、発動時に全身が発光するのは、膨大な量の情報を伝達するために全身に展開された特殊細胞のニューロンをインパルス(電気信号)が常軌を逸したレベルで駆け巡る際の副作用である。
そして、光が収まった後、半透明な白い翼、純白無垢な衣装、天使を連想させる光輪が彼女の身に纏われた。
「おお・・・まるであの姿は・・・天使・・・。」
「髪色が変わっている。初回発動だけで、GG細胞のレベル3進化を実現しているのか。」
「いや、あれは能力者の髪色変化だ。GG細胞直埋め込みのソレとは訳が違うよ。」
「それにしても・・・なんて神々しい・・・。あれは本当に人間なのか?」
初見である第六研究室の面々が感嘆の声を上げる。
「驚くのは後だ。時間もない。マリアくん、その目の前にいる『色欲』の能力を浄化し、取り込みたまえ!」
大場の指示とともに、マリアが静かにその目を開き、眼前の能力者を見つめる。
「女・・・。ずいぶん若いようだが、初体験は済ませたんか?」
先ほどまで無言を貫いていた『色欲』の能力者が口を開く。
「外にいた時は、お前くらいの女を散々食い荒らしてきたぜ、俺はよ。」
「・・・急に、どうしたの?」マリアが首を傾げる。
「俺の能力を浄化するとか抜かしてやがるからよ。お前の立場を理解させようと思ってな。」
「何を喋っている、『色欲』!『天使』、さっさと浄化を始めろ!」と、高岡教授。
「うるせえ!俺にとっちゃ女なんて全員餌なんだよ!俺からなにひとつ奪わせてたまるか!」
「・・・高岡教授?」
じとり、と舐めつけるような眼を高岡に向ける大場。
その目は「自分の被験者すら管理できていないのか」と無言の圧を伴っている。
「やめろ、『色欲』!」
高岡は制御用のリモコンを連打するが、その電圧を色欲はものともしない。
「効かねぇよ!女ァ、お前らはガキを孕み、奪われるだけの存在なんだよ!」
「俺はこの力で、外の世界に帰って、あらゆる女を俺の物にするんだ!奪わせてたまるかよ!」
そして色欲がマリアに飛びかかろうとした、その瞬間。
マリアが、哀しそうな顔で、口を開く。
「あなたは、女性の愛に囚われているんだね。」
「あなたが、ほんとの愛を知って、どうか純潔であれますように。」
――まるで始めから決めていた所作かのように。
マリアが掌を合わせ、祈りを捧げる。
と同時に、引きずりだされるかのように、『色欲』の体から吐き出される『DV細胞』の一部。
それは『色欲』の身体から離れると同時に、光を帯びてマリアの体へ吸い込まれていく。
「おお、『願い』を用いて『DV細胞』を取り出したぞ!」
「あの光、体外の『DV細胞』へインパルスを流し込んで、『AG細胞』を変換しているんだ!」
どよめく研究員たちに構わず、色欲はなおもマリアへ歩を進める。
「ぐお・・ふざけんじゃねえ、返せ!俺の力だ!」
「あなたは――」
マリアがなにかを言いかけたその時、彼女の身体が紫色に光りだす。
「まっ・・・て・・・。そんなの、だめ・・・。私から、離れて!」
何かを抱え込むようにうずくまるマリア。そして、発光が脈打つように点滅を速める。
ただならぬ事態に、大場が指でアーヴィンに指示を出す。
視認性は落ちるが耐久性の高い特級強化ガラスの配備指示だ。
ガラスが降りきるか否かというところで、色欲の体が何かに弾かれ、壁に打ち付けられる。
同席した研究員総員が視線を向けたその先には――紫に染まった『天使』がいた。
「口数ばかり多くて、大したことない男。殺してやらないと、黙ってられないの?」
アーヴィンは、言葉を失った。
彼女は、誰だ。
その衣は、先ほどとは打って変わって無機的な装備が纏われた攻撃的なフォルムに変化している。
真っ白だった長髪は更に伸び、薄紫がライトに照らされて輝きを見せる。
そして一番の変化は、敵意という物を一切知らずに育ったとも誤認するような彼女の瞳が、攻撃的な色に、染まっていた。
「あが・・・なん・・・だテメ・・・!」
虫の息の色欲が体を起こそうとしたところへ、おそらくマナ製であろう『天使』の大鎌が突き刺さる。
「うるさいなあ。あなたが私を汚そうとするから、私は私を守るだけ。」
「それが、私の『純潔』。」
実験中止、の叫び声も虚しく、『紫色の天使』は色欲だった人間がただの肉塊に成り果てるまで、その手を止めることはなかった。
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