第12話 私は…

 万千まち冷静れいせいさを取りもどしてはいるが、退く気は無いようだった。


 それに、万千にいたってはこんな状況じょうきょうにもれているように見え、それは悲しいことに思えた。


 ――万千…。


 二人は全く動かなかった。動こうとも迂闊うかつには動けないのだろう。動いた瞬間しゅんかん、それは――。


 異様いような空気だった。


 音が聞こえないほどはりりつめていた。


 二人は、今にも動きそうだが、このまま永遠えいえんに動かないのではないかと思うくらいにしずかだった。


 しかし、このまま二人があらそったら怪我けがだけではすままないかもしれない。どちらか、あるいは双方そうほうが…。


 まだ間に合うなら、もし止める事が出来たら。そんな力が私にあったなら――。


 ちがう。最初から分かっていた事、私はただしんじていなかっただけだ。私の『ちから』を。


 万千をすくためなら。私なら、私にしか出来ないから――私にはそれが出来るから。


「ハイネさん。もう、め――」


 れずめに入ったたまきだったが、その瞬間しゅんかん、ドレスの女性に万千がかかった。


 不意ふいかれたが、止めるなら今しかなかった。万千さえ止めればおさまりがつく、そう思った。


 私は万千を止めるため飛び出した。


 く手をさえぎり、おさむつもりで――しかし、その刹那せつな、空気がかたまったよう感覚かんかくつつまれた。


 まるで時間のながれがおかしくなった様にゆっくり流れた。


 実際じっさいには、そう見えていただけだろうか。


 その現象げんしょうに気付いていたのは私だけだろう、万千達の様子ようすは変わらず、その動きを変える事は無かったのだから。


 とても不思議な気分だ。


 万千も環も、とてもゆっくりと動き、私だけその様子をながめている様な。


 しかし、何故なぜこんな――いや、今はそれどころではない。万千を止めなくては。


 それにしても、環のあんなにもおどろいた顔も、万千のこわいくらいにつめたい目も初めて見た。


 普段ふだんとはまるで正反対せいはんたいの表情に、見てはいけないものを見た気分だった。


 気が付けば、窓からは煙が見えた。火の手もせまって来ているだろうし、大人しく彼女にしたがってでも逃げなくては。話はそれからだ。


 二人のあいだって入った私は、両手を広げ、万千を止めようとした。


 かかって来る万千をゆっくりながめながら。


「止まれ、万千!――」


 どうやら声は普通にとおるらしい。おかげで環の声も聞こえた。


「おとめ!後ろ――」


 り向けば、彼の女性がにぎっているそれは、私の顔へけられ、指先ゆびさきだけが動いているのが分かった。


 はなから使うつもりだったのか、万千を殺そうとでもしたのか、今にも指が握り込まれそうだった。


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