第9話 女性解放戦線

「そのこすりをおこなう人達が女性じょせい解放かいほう戦線せんせん。そして、組織そしきの名前は『新しい太陽たいよう』。ハイネさんは、その組織の一員というわけ


「そういう訳でミス大郷司だいごうじ、私と一緒に来てもらうわ――それから、この気に食わない建物たてものもついでにさせてもらうから、オーケー?」


 この建物も消す?――。


 何の冗談じょうだん?…。新任しんにん教師が女性じょせい解放かいほう運動家うんどうかで、万千まち舞踏会ぶとうかいさそいに来たうえ、ここを消す?――。


 ようするに万千を人質ひとじちに、この建物を破壊はかいするって事なの?


 冗談にしては笑えない。が、たまきは冗談を言わない。それじゃあ本当なの?


 環。彼女は一体。この女性と、どんな関係が?環も組織の一員なの?一緒いっしょるには理由が有るはず


 環は女性解放なんてがらじゃない。


 それ自体じたい無駄むだだと嘲笑あざわほどだ。彼女に限ってそれは無い。筈――。


 女性解放運動組織『新しい太陽』――誘拐ゆうかい、破壊活動などの実力行使こうしに、手段しゅだんを選ばないやり方。


 それが本当なら、私が知っているものとはまったく違う。聞いた事も無い、そんな過激かげきな女性解放運動。もとい女性解放戦線。所謂いわゆるウーマンリブ。


 私が見たウーマンリブは、本だった――その雑誌ざっしの名は『乙女おとめ画報がほう』。


 ウーマンリブのプロパガンダとは知らず、女学生のあいだでそれは流行はやり、もちろん私も例外れいがいではなかった。


 モダンな挿絵さしえにハイカラな脚色きゃくしょくは、乙女達おとめたちの心を打ち、デモクラシーの幻想げんそうにロマンをせらせた。


 今と真逆まぎゃく思想しそうのそれを、女学校がみとめる筈も無く、読む事はもちろん、その話さえ禁止されていた。


 しかし、それを堂々と教室で読んでいた人物を私は今思い出した。


 ほかならぬ環だった。


「ところで、舞踏会は本当にあるのかしら?わたくし、そろそろ家に帰らなくては」


 貴女あいつは話を聞いていたのか?それに、舞踏会に行く気なのか。


「それもこれも、全て本当よ。残念ざんねんだけど、今は家に帰れないわ。舞踏会が始まってしまう」


「ですから、わたくしは――」


「そんなこと言って、万千を人質ひとじちに連れて行き、ここをこわすのでしょ?何でこんな事をするの?もっと何か有るでしょ、やり方とか場所とか」


「――簡単かんたんな事、女学校に勤労きんろう動員どういんなど必要ない。それだけの事。そのためにこの建物を消す。文字通り、貴女等きじょらは『解放』される。それだけの事」


「舞踏会は?万千をどうするの?」


「おとめ。ハイネさんを信じて。大郷司さんには何もしないわ」


 環――。


「わたくし、まだ行くとは言ってなくってよ。考えさせてちょうだい」


 呑気のんきな万千とは裏腹うらはらに、物事ものごと悠長ゆうちょうに考えている時間は私達に残ってはいなかった。

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