おとめの夜あけ

第2話 噂

　そんな万千（まち）ではあったが、彼女もまた、私と同じ補習（ほしゅう）の一人だった。

　と言っても、私を含（ふく）め二人だけである。

　おかげで二人きりに――二人きりになるのは何時（いつ）以来（いらい）か…。

　私の目の前に座（すわ）る万千は、怒（いか）りを露（あら）わに震（ふる）えていた――。

　震える指（ゆび）に握（にぎ）られたそれは、およそ彼女には似（に）つかわしくなく、まるで彼女の体がそれを拒（こば）んでいるかの様（よう）だった。

　どうやら糸（いと）が針穴（はりあな）に通（とお）らないらしい。

　その太（ふと）く逞（たくま）しい指では針に糸を通すのも一苦労（ひとくろう）だろう。今にも針が折（お）れそうだ。

　私も万千も、裁縫（さいほう）が苦手（にがて）で嫌（きら）いだった。

　それに私は、裁縫を女性の仕事と強制（きょうせい）されることが嫌（いや）だった。

　しかし『今』の空気は、尚更（なおさら）女性だからとそれを許（ゆる）さず、女性のあるべき姿（すがた）を私達に求（もと）め、それはいかに万千でも例外（れいがい）ではなかった。

「ねぇ万千、知っている？あの噂（うわさ）――」

　針と糸に苦戦（くせん）している万千は、私に一瞥（いちべつ）もくれない。

「どの様な噂か存（ぞん）じませんが、わたくしが知らないであろう事を、貴女（きじょ）(アナタ)ごときが知っていて？」

　万千は持っていた針を力（ちから）強（づよ）く振（ふ）り下ろし、針刺（はりさ）しへ深々（ふかぶか）と刺（さし）した。

「それもそうね、邪魔（じゃま）をしてごめんなさい。噂なんて興味（きょうみ）無いわよね、況（ま）してや勤労動員（きんろうどういん）についてなんて――」

「気にもならないですわね――ですが、貴女（きじょ）がどうしてもと仰（おっ）しゃるのなら、聞かなくてもなくってよ。まったく、鬱陶（うっとう）しいですわね」

　まったく、ひねくれているのか素直（すなお）なのか、唯（ただ）の会話（かいわ）だけで腹（はら）が立つ。

　しかし、ここで突（つ）っ張（ぱ）ってもいいことはない。それならお言葉に甘えさせてもらおう。

「そりゃどうも――私が聞いた噂は、とある女学校についてよ。私も何処（どこ）の女学校とまでは知らないけど、こればかりはいくら万千でも、どうにも出来ないわね」

「それで？一体何がわたくしにも、どうにも出来ないと仰（おっ）しゃるの？」

「その前に、勤労動員が全国的に女学校で行われている事は知ってる？」

「あら、そうでしたの？それは存（ぞん）じませんでしたわ。てっきり、わたくし達だけの奉仕（ほうし）作業（さぎょう）かと」

「そう。でも問題は、全国的に一体何をさせているか――私達はたまたま軽（かる）い裁縫程度（ていど）のことかもしれないけど、噂の女学校は他とは違っていたのよ」

　万千にまじまじと見つめられ、私は目を逸（そ）らした。

「万千は私達が何の為（ため）に裁縫をしているか知っている？」

「そんなの社会奉仕の為（ため）でしょう。何を勿体（もったい）ぶっているの、早く教えなさい。その女学校のことを――」