おとめの夜あけ

♯ １ 出会うおとめ

第1話 乙女のおとめ

　デモクラシー真（ま）っ只中（ただなか）の春休み、私は休み返上（へんじょ）で補習（ほしゅう）に来ていた。

　しかも、それが勤労動員（きんろうどういん）の補習だなんて、花の女学生（じょがくせい）のすることではない。

　女性の社会（しゃかい）進出（しんしゅつ）も進まず、進学もままならない『今（いま）』では、女性は家庭（かてい）に入るべきとされており、『裁縫（さいほう）ごとき、乙女（おとめ）の嗜（たしな）み程度（ていど）のことで補習だなんて――』そう言われても仕方（しかた）がなかった。

　このご時世（じせい）、デモクラシーの波（なみ）に乗（の）り遅（おく）れ、女性解放運動（じょせいかいほううんどう）のしわ寄（よ）せに苦（くる）しむ乙女（おとめ）も少なくなく、この私も『今』という風潮（ふうちょう）、空気には逆（さか）らえずにいた。

　大郷司（だいごうじ）万千（まち）、彼女も『今』怒（いか）りに震（ふる）えていた――。

　私と万千（まち）は所謂（いわゆる）幼馴染（おさななじみ）というものだ。

　彼女とは何（なに）かと縁（えん）があり、望（のぞ）まなくとも一緒になる事が多く、それは女学校に入学しても変わらなかった。

　おかげで私と万千の仲（なか）はすこぶる良く、今でも取（と）っ組（く）み合いの喧嘩（けんか）をする程（ほど）だった。

　というのも万千は体格（たいかく）に恵（めぐ）まれており、腕（うで）っ節（ぷし）が強く、おまけに喧嘩っ早い。

　気に食わない事は文字（もじ）通（どお）り『力（ちから）』で解決（かいけつ）しようとし、こと私にはよく突（つ）っかかって来た。

　つい私も昔の様（よう）に応戦（おうせん）してしまうが、今や力の差（さ）は歴然（れきぜん）だった。

　万千の言動（げんどう）は乙女と呼ぶには憚（はばか）られる様な存在（そんざい）そのものだった。言わずもがな憎（にく）まれっ子で、私にとっては目の上のたんこぶでしかなかった。

　さらに質（たち）が悪いことに万千の家は公家（くげ）であり、彼女はそれをいい事に家柄（いえがら）を盾（たて）に横柄（おうへい）な態度（たいど）をとり、傍若無人（ぼうじゃくぶじん）に振（ふ）る舞（ま）っていた。

　そんな彼女が好（す）かれる筈（はず）もなく、そうである筈だった。

　そうなる筈だった――が、彼女は憎（にく）まれるどころか、嫌（きら）われてすらいなかった。

　それどころか、万千は女学生達の人気者だった。そんな筈はないと、私からすれば不思議なくらいの人気だった。

　ガキ大将（だいしょう）の様な彼女が、何故（なぜ）人気者になったのか――。

　それは彼女が、万千が頼（たの）まれ事を断（ことわ）らなかったからだ。

　ただ、断れなかっただけだろうが、面倒見（めんどうみ）は良かった。

　御人好（おひとよ）しなんて良いものではなく、姉御肌（あねごはだ）より傲慢（ごうまん）である。だからだろうか…。

　頼まれたら断れない性格に、ご自慢（じまん）の腕力（わんりょく）と、公家の地位（ちい）家柄（いえがら）は、乙女達の悩（なや）み、問題、頼み事を悉（ことごと）く解決（かいけつ）していった。

　実際（じっさい）に見たことはないが、色々噂（うわさ）は聞いていた。

　偏見（へんけん）、差別（さべつ）、暴力（ぼうりょく）、恋愛（れんあい）相談（そうだん）まで。

　万千は乙女達の悲鳴（ひめい）に応（こた）え続け、それは数多くの乙女の純情（じゅんじょう）を守り、彼女の流した血は乙女達の涙そのものだった。

　何時（いつ）しか万千は、尊敬（そんけい）と畏怖（いふ）を込（こ）め『お嬢（じょう）』と呼ばれる様になり、確固（かっこ）たる地位を手に入れていた。