第二章 [儚き命灯]
村神大学病院
青いテーブルクロスが敷かれた座卓テーブルの上には、人工皮膚が置かれていて、ケーシージャケットを着た、研修医達は縫合実習を受けていた。
研修医達は二年間、研修を行う義務があり、医師として独立するには最低五年以上掛かると言われている。
村神大学病院の研修医は、材質がシリカゲルの人工皮膚を用いて、注射練習、縫合練習、術式シュミュレーションを行っている。
その人工皮膚は、縦が18センチ、横が10センチ、高さが2.5センチで、「皮膚」「脂肪」「筋肉」の三層構造になっていて、それを固定台に乗せて研修を行っていた。
「ほう。君はPGAで埋没縫合をしているのかね。」オーベンは研修医の武田信に言った。
「はい。ポリプロピレンだと術後の縫い跡が、どうも痛々しくて。」研修医の武田信は手を止めて、オーベンに言った。
「君は確か、希望は "心臓外科医" だったな?」
「はい。私も加藤卓三医師のような" 奇跡の医師"に憧れて。」持針器と外科用ピンセットを手元に置いた。
「私の方から既に、加藤卓三医師に君の推薦をしている。」
「本当ですか?!」
「ああ。君もここに来て、既に一年だ。そろそろ術式に立ち会っても差し支えないだろう。」
「有難うございます!」研修医の武田信は深々と頭を下げた。
”お呼び出し致します。研修医の武田信様、有本久様、小川郁子様、至急、三階、院長・理事長室にお越しください”
「お?噂をすればなんとやら。」
「頑張って来いよ!」
オーベンはポン!と研修医の武田信の肩を軽く叩く。
「はい!」研修医の武田信は、何度も何度もオーベンに頭を下げ、院長・理事長室へと向かった。
三階 院長・理事長室
”コンコン” 研修医の武田信は、院長・理事長室のドアをノックした。
" 入りたまえ。"
「失礼致します。」研修医の武田信は院長・理事長室に入った。
院長・理事長室はメートランドスミスの家具やシャンデリア、骨董品が並ぶ美術館のようであった。他にも呼ばれた研修医二人も来ていた。
「ははは。遠慮しなくてもいいんだよ。三人、イスに座って貰っても。」村神龍司医師は研修医三人に勧める。
「大丈夫です!」
「私も大丈夫です!」
「大丈夫です!」
研修医三人は、遠慮して席には座らなかった。
「では私は座らせて貰うよ。」村神龍司医師はメートランドスミスのアームチェアに座る。
”コンコン”
「失礼、院長。」加藤卓三医師が院長・理事長室に入ってきた。そして三人の研修医を見て、その中の武田信の前に立ち止まった。
「君の噂は聞いてる。心臓外科医を希望してるそうではないか?質問だ。心臓弁で使われる縫合糸のサイズと部位は?」加藤卓三医師が武田信に尋ねる。
「はい。縫合糸のサイズは2-0、部位は直径0.3mm~0.339mmです。」武田信は応えた。
「素晴らしい。正解だ。因みに、縫合糸のサイズ2-0は髪の毛の太さと比較して、大きいか?小さいか?」
「大きいです。」
「完璧だな。」加藤卓三医師は研修医の武田信に拍手した。
「君が希望する科は?」加藤卓三医師が研修医の有本久に尋ねる。
「はい。臨床工学技士です。」有本久は応えた。
「あー、君は人工心肺装置を任せる。」加藤卓三医師が研修医の有本久に言った。
「あ、あの、任せるって?」研修医の有本久は加藤卓三医師に尋ねた。
「あ?君が希望するのは臨床工学技士なんだろ?」加藤卓三医師は研修医の有本久に言った。
「はい。でも私は研修医、、、。」
「何を言ってる。いつまでも研修医のままでいいのか?」
「いえ、、それは、、。」
「分かった。バックアップはする。」加藤卓三医師は研修医の有本久に言った。
「そして、君は麻酔科だな?」加藤卓三医師は研修医の小川郁子に尋ねた。
「はい。」
「君は、任せられるね?」
「はい。」研修医の小川郁子は応えた。
「院長、私からは以上です。」加藤卓三医師は言った。
「さて、君達、研修生三人に集まって貰ったのは他でもない。明後日に控えたフォンタン手術に立ち会って貰うためだ。そこで君達は、今まで培ってきた技術やノウハウを、オペという実践の前で更なる進歩を遂げて貰いたいのだ。君達はいずれこの病院の模範になるのだからな。」
「今回、フォンタン手術を受ける女の子は久保成紗、五歳。三尖弁閉鎖症で、心電図により左室肥大の初見が見受けられた。現在、心臓にかなりの負担が掛かっていると思われ、緊急に手術を行う必要があると判断したものだ。」
「オペの開始予定時刻は九時からだ。そのほかの当日のオペは無し。両親からはとてもオペに期待されている。では、早速、オペを受ける久保成紗の声かけ行くとする。」
そう言って、村神龍司医師はメートランドスミスのアームチェアから立ち上がった。
五階個人病棟 501号室「久保成紗 様」
個室には千羽鶴が飾ってあった。 千羽鶴を折るのには相当の時間がかかるため、完成した千羽鶴を購入したのであろう。
ピンク色のパジャマ姿の成紗は、最新の医療機器に囲まれたベットに寝かされていた。
陽一は成紗の手をずっと握って、眠っている成紗の髪をといてあげる。
その場には貴子は居なかった。そんな愛娘の姿を見るに耐えられなかったのであろう。
成紗の病室に村神龍司医師、加藤卓三医師、研修医の武田信、有本久、小川郁子が入ってきた。
「お母さんのお姿が見えませんが?」村神龍司医師が陽一に尋ねた。
「妻は今、化粧室に行ってます。」
「そうですか。」
「SpO2は?」加藤卓三医師が看護婦に尋ねる。
「97%、正常です。」
「久保成紗ちゃんの手術は、明後日の午前九時からです。終了時刻は十三時頃を予定しています。」
「手術は私と、ここにいる三人の武田信医師、有本久医師、小川郁子医師で執刀を行います。」加藤卓三医師が久保陽一に言った。
「どうか、娘を、成紗を宜しくお願い致します。」陽一は四人に頭を下げた。
「では、私達は失礼致します。あとはここに居る三人から手術当日の説明をお聞きください。」
そう言って、村神龍司医師、加藤卓三医師は501号室を出て行った。
インターナショナルガーデンホテル
ロビーに降りてきたナリサは窓際の座席に座り、行き交うエアラインクルーを眺めていた。
レストランアベンチィーから出てきた日本人のおばあちゃん二人がナリサの近くに座る。その後、もう一人のおばあちゃんがこちらに来た。
「ひひひひ、誰かと思ったわ。」
「マスクしとったからわからんかったわ。」
「私も、わからんかったわ。」
おばあちゃん三人の会話が聞こえた。
ナリサの携帯にメールが届いた。宛先は<幽霊屋敷>の伯爵からだった。
📭 凄いぜあんた!私もケルベロスもビックリ 📭
”ブーン”着信音が鳴った。宛先は<幽霊屋敷>の伯爵からだった。画像が送られてきた。その画像には驚いた様子の「伯爵とケルベロス」が仲良く写っていた。
📨 零点補正は五百メートルだったけど?📨 ナリサが <幽霊屋敷>にメールを送信した。
”ブーン”着信音が鳴った。宛先は<幽霊屋敷>の伯爵からだった。
📭 それあんたが言ったことだよ。📭
📨 そう。ごめんなさい。📨 ナリサが <幽霊屋敷>にメールを送信した。
”ブーン”着信音が鳴った。宛先は <幽霊屋敷>の伯爵からだった。
📭 素直で宜しい。その素直さに免じて、次回から特別割引と、合言葉なしでオーダーメイドを引き受けよう。📭
📨 有難う。📨 ナリサが<幽霊屋敷>にメールを送信した。
”ブーン”着信音が鳴った。宛先は<幽霊屋敷>の伯爵からだった。
📭 今、どこ? 📭
📨 日本。📨 ナリサが<幽霊屋敷>にメールを送信した。
”ブーン”着信音が鳴った。宛先は<幽霊屋敷>の伯爵からだった。
📭 日本なら黄泉ヶ谷神明宮に巫女の恰好をした・・。📭
携帯の電波が入らなくなった。
「・・・。」ナリサは携帯の電源を切った。
「それでさ、スッチャーデスがね、キャビンアンデットに変わって・・。」
おばあちゃん三人の会話がいよいよ佳境に入っていた。
「フフ、たまには息抜きも重要ね。」
ナリサは思った。
村神大学病院
三階 院長・理事長室
「このオペ、面倒くせ。」加藤卓三医師はそういって、メートランドスミスの戸棚からシャボー・ナポレオンと、フルートグラス二つを取り出す。
フルートグラス二つに注ぎ、グラス一つを村神龍司医師に渡す。そして加藤卓三医師はゆっくりと味わう。
「この子はモルモットとして処理してくれ。」村神龍司医師はナポレオンの香りを楽しむように、ゆっくりと飲む。
「分かりました、では、いつもの方法で。」
「宜しく頼む。」村神龍司医師はグラスをテーブルに置いた。
「ところでどうだった?研修生は?」
「全然ダメですね。三人とも決断力に欠けています。あの調子では人間はおろか、動物一匹すら救えないでしょうね。」
「このオペが終わり次第、三人には事故って貰うことにする。この仕事は黒津さんところに任せよう。」
「その方が一番いいですね。そして彼女にはドナーになって貰います。」
「私も初めから、そのつもりだったよ。」村神龍司医師はそう言って、金庫から札束を取り出した。
「今から、その準備をしておかないとな。」
「では、私はこれで失礼。」加藤卓三医師は院長・理事長室を出た。
村神龍司医師は札束を小分けしていく。
「え~と、これは香典費用150万円、死亡慰謝料2400万・・・。」
白い悪魔 夜勤ののんき屋 @firefox87
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