第一章 [共感覚]


成田国際空港


国際線:第二ターミナル


”Departing passengers on Japan Airlines flight 475 bound for Bankok and Athen,


 please check out customs and immigration now.Thank you.”


アナウンスが流れた。


四階 第二ターミナル IASSラウンジ 


ラウンジには親子と見られる三人が座っていた。


「成紗、もうジュース要らないの?」


「うん。要らない。ご馳走様。」


 女の子はそう言って、小熊のぬいぐるみを自分の膝の上に乗せた。


「プーさんも、お腹一杯だよね?」

 

 女の子は、小熊のぬいぐるみに話しかける。


「貴子、今日は疲れたから、明日、家に帰ろう。」父親が言った。


「うん。」母親は言った。


「もしもし、予約を入れてた久保ですが。はい・・はい・・検疫は終わってます。ええ・・。」


「成紗、プーさんをカバンに仕舞って。」女の子は、小熊のぬいぐるみを小さなカバンに仕舞った。


「貴子、タクシーが十五分ほどで来るそうだ。どこか今日はホテルに泊まろう。先に行ってタクシーを捕まえておく。」


「あなた、半券を。」女性は男性に航空チケットの半券を手渡した。


「ああ。すまない。」



一階 到着ロビー


「成紗!走っちゃあダメよ!」


「うん。あ、プーさん!」

 女の子の小さなカバンから、小熊のぬいぐるみが落ちた。


「はい。プーさん!」


 ナリサは、小熊のぬいぐるみを拾い女の子に手渡す。


「有難う。」女の子はナリサを見て笑った。

ナリサは黒のジャケット、黒のレースブラウン、黒のロングパンツを着ていた。


 女の子は大事そうにプーさんを抱きかかえる。


 その女の子は水玉柄のサンドレスを着ていた。


「どうもすみません。」と声を掛けた女性は、女の子の母親らしく、オフホワイトのチュニックとモノクロ色でユリ花柄のスカーフ、オフホワイトのハイウエストパンツを着ていた。


「お気になさらず。」ナリサは言った。


「成紗、こっち・・。」母親が女の子の手を引いた。


「待って!」ナリサは思わず呼び止めた。


「はい?」母親と女の子がナリサを見た。


「私と同じ名前。」

 

 女の子は嬉しそうにナリサを見上げる。  


「何かの運命みたい。でもこの子は・・・。」

 

 母親の表情は暗い。


「あ、御免なさい。呼び止めてしまって。」

「そうだわ!成紗ちゃんに、いいものあげる!」


 ナリサは身に着けている「シルバーロザリオのネックレス」を女の子に手渡した。


「そんな高価な物、頂けませ・・。」


「じゃあね!」ナリサはそう言って、ロビー中央口1から出て行った。


「あ、あの・・・。」ナリサを呼び止めようとした母親だったが見失ってしまう。


「お~い!どうしたんだ?タクシーが待ってるぞ。」ロビー北口2から父親が戻ってきた。


父親は、白のTシャツの上に、紺の長袖シャツ、そしてグレーのストレートジーンズを着ていた。


「近くでホテルの予約が取れた。もういつでもチェックイン出来るそうだ。」




ホテルスカイコート 


 成田国際空港から車で国道295号 経由で八分ほどで到着するホテルで、ホテルのハート型のシンボルには群青色とアクアブルーの二色が、それぞれハート型に、半分ずつ塗られている。総客室数は100室で、駐車場は100台収容、大型車両 2~3台となっている。客室は、シングル、ダブル、ツイン、トリプルとなっており、全室には32インチ液晶テレビを設置、Wi-Fi および、有線LANによるインターネット接続は無料で提供されている。


 親子三人は客室二階のツインルームを案内された。


ツインルーム 二号室


「プーさん!成紗は今日、お友達出来たの!」


「成紗、今日は長旅だったから早く寝なさい!」


「はい。」成紗はベットの枕元にプーさんを置いた。そして小声でプーさんに話しかける。


「プーさん、そのお友達の名前ね、私と同じ名前だったの。」

「それからね・・・。」


 成紗は長旅で疲れたのか眠りについた。貴子は愛娘の髪を撫でて、そっと上布団を掛けてあげる。


「やっと寝付いてくれたわ。」

「他の子供と変わらないように見えるのに。」貴子は今にも泣き出しそうであった。


「貴子、そんなに悲観的になるなって。」

「移植ドナーと型があっても、順番待ちがあるんだから・・。」陽一は右手の親指と人差し指で眉間をつまむ。


「もっと調べてから海外に行けばよかったわ。」貴子は愛娘を見ながら言った。


「貴子!」陽一は、ジャーナル雑誌を見ながら貴子を呼んだ。そこに注目すべき記事が書かれていた。



~ジャーナル九月号~

  

 医療コラム 村神大学病院から


「心臓外科医が語る!」

「患者に心を!医師にハートを!」

「冠動脈バイパス手術!心臓カテーテル!」

「加藤卓三医師が医療界にメス!」


「あなた!」貴子が陽一を見た。

「これって、、明日にでも村神大学病院に行ってみよう!」



インターナショナルガーデンホテル


 成田国際空港からシャトルバスが運行しているガーデンホテル。正面玄関から、中央ロビー、左にイタリアン料理の「アヴァンティ」、右にフロントがある。ロビー客室には、市内随一の広さを誇るスーペリアダブルルームがあり、総大理石と木の調度品が見事にマッチした吹き抜けとなっていた。


「予約してたカガミ・ナリサだけど。」ナリサはパスポートを見せる。


「少々お待ち下さい。」フロントマンは端末でチェックする。


「有難うございます。確認がとれました。滞在期間は一週間でしたね。」フロントマンが言った。


「そうよ。」


「お客様のお荷物が届いております。」ナリサはレディースバックパックをフロントマンから受け取った。


「お部屋はデラックスルームの最上階、9階の901号室です。」フロントマンがルームキーを渡した。


「有難う。」


901号室に入ったナリサは、レディースバックパックから着替えを取り出して、客室のクローゼットのハンガーに掛け、TVをつける。 


”正午になりました。ニュースをお伝えします。広域暴力団「黒津会」実質ナンバー・ワンの会長、黒津勇が「保釈金五百万円」で保釈されました。”


”黒津勇会長は、起訴状で「過失致死罪」に関わる、人為的疑惑が持たれていましたが、「全く心当たりがない事」だと、強く反論。”


”一方、裁判所は、再犯・証拠隠滅などの恐れがないと判断し保釈を決定しました。

さて変わって気象情報です。全国の天気は・・。”


 ナリサは1800mm × 2030mmのベットに、大の字になって寝転ぶ。


「これ程、リラックス出来るのは何日振りだろう・・。」


そして、静かに目を瞑った。




村神大学病院


 成田市にあるこの病院は、病床数:1000床、一般病床:945、職員数は常勤:医師300名、看護部門:1,200名、非常勤:医師145名、看護部門:156名。


 内科をはじめ、外科、心臓外科、小児科、放射線科とほぼ全ての診療部門が完備されている。特殊診療施設に於いても最新医療の設備が整っており、また救急病棟も完備されている。


 この大学病院の前身は、村神大東亜大学であったが、戦時中、空爆で全焼し、その跡地から村神医学診療所を創立。そして現在の村神大学病院へと改名された。


 翌朝、11:00にホテルスカイコートから、タクシーを拾った久保陽一の親子三人は、村神大学病院に到着する。



 病院に入ると、木目の床面に白い天井、そして茶クリーム色の総合受付のカウンターがあった。


 「あの昨日電話した、久保陽一というもんですが。」陽一は受付に話した。


 「お待ちください。」


 「この子を、成紗を助けてあげたい。」貴子は陽一の手を握り締める。


 「プーさん!成紗は今日も病院よ。」成紗はプーさんに話しかけた。


 「どうぞ!ご案内します。」


 

一診「村神龍司医師(院長兼理事長)」


 「久保さん!どうぞ!」看護婦が親子三人に声を掛けた。

 三人は一診に入った。


 「こんにちわ。」村神龍司医師は成紗に挨拶した。


 「こんにちわ。」


「おお~!いい子だねえ。」

「聴診器あてるので、ネックレスとぬいぐるみはお母さんに預けてくれるかい?」


 成紗は無言で頷く。


「じゃあね、次は、心エコーと心電図とるからね。看護婦さんについていって。」村神龍司医師は看護婦を呼ぶ。



一時間後


「成紗ちゃんは十万人に一人の難病で、生まれつき心臓の部屋が二つしかない為、血液を浄化する事が出来ない ”三尖弁閉鎖症” です。」

「先天性の病気で左室肥大をきたし、このまま放っておくと、あらゆる臓器に障害をきたし、お亡くなりになります。」


「あぁ・・。」貴子は両手で顔を覆い泣き崩れる。陽一は、出来れば自分の心臓を愛娘の成紗に上げたいと。だが、それは到底ムリな事だと、唯唯、悲観に暮れる。


「ですが今の時代、医療も大変進歩しましてね。」


「治療、即ち外科的治療、外科的手術を行うことで生存率は高くなります。」村神龍司医師は説明した。


 陽一と貴子には、とても有難い朗報である。


「先生!その手術をすれば、成紗は助かるのですか?!」

「成紗が助かるのであれば、先生!お願いします!!」

 陽一も貴子も村神龍司医師に頭を下げる。


  村神龍司医師は心臓の模型を使って説明する。


「この手術はフォンタン手術と言って、昔のように大きく患部をメスで切り開かなくても、カテーテルを通じて、未発達の患部を経由せず、正常な心房から肺動脈へ直接血液を流すように吻合します。しかし、いずれもそのままでは将来を望めないので数回にわたる手術が必要です。」


「・・・・・。」貴子は両手で顔を覆った。


「成紗の為に俺達も出来る限りのことをしよう!」陽一は貴子の左肩に右手を優しく添えて言った。


 成紗は無邪気にプーさんに語りかけていた。

「プーさんは、どこも悪くなくていいなあ・・。」


 そこへジャーナルに掲載されていた、加藤卓三医師がニコやかに一診に入ってきた。


 「でもね、心配しなくてもいいんだよ。」加藤卓三医師が成紗を見ながら言った。


 「あ、あなたは?!ジャーナルに掲載されていた?」陽一は加藤卓三医師に言った。


 「ほお、私のことご存知とは。これも何かの縁ですよ!」加藤卓三医師は成紗の前にしゃがみ込み微笑んだ。

 

 村神龍司医師は内線電話でナースステーションにコールした。

 「急患患者の病室の手配を至急頼む。」


 「運が良かったですね!病室が一つ空いてます。すぐにご入院の手配を致しましょう!」

  村神龍司医師は成紗を見て言った。


 「あなた!」貴子は胸を撫で下ろす。やっと待ちに望んだ愛娘に救いの手が伸びたのだと。


 「良かった。これで、これで成紗は助かる!」陽一は安堵の表情を浮かべた。



黒津会事務所


 東京都港区東麻布のルビービル三階の事務所を拠点とする暴力団で、ルビービルの一階、二階はテナントである。 ルビービルの外壁は漆黒で、ガレージにはマイバッハSクラス一台、スカイラインGTR一台が止まっている。 紋章は黒地の円に、白い虎が刻まれていた。

 

「会長、お帰りなさいまし。」


「誠、流石にシャバの空気はうめえや。」


「はい。」若頭の竹下誠は深々と頭を下げた。 

 

 事務所の固定電話が鳴った。


 「もしもし、これはどうも!ちょっとお待ちを。」

 竹下誠は丁重に黒津勇に受話器を手渡す。


 「もしもし、これは先生!」黒津勇は嬉しそうに応対する。

 「はい。はい。分かりました。」黒津勇は受話器を竹下誠に渡して言った。


 「今度のモルモットは五歳の女の子だそうだ。」





 




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