第7話 賢者、視察する。

「そういえば、リュートは大学以外に国内は見て回ったのかしら?」


 集めた本を見渡したカトレアが、ふと目についた『魔法の国シュゼリアドル』のタイトルで思いついた疑問をあげた。

 その疑問を受けたリュートが、きょとんとした顔をする。


「国内……あぁ、シュゼリアドル国内か。それなら始め、大学に向かう時にマークと訪れた街と、後は君に案内された周辺の店くらいだ」


 つまり、ほとんど知らないということだ。


 シュゼリアドル魔法王国。

 大陸三大大国の1つで、シュゼリオ魔法大学があることで有名だ。

 今は『賢者』といえば魔法大学が発布している称号として知られているが、本来は1人の人物を指した敬称だった。

 それがシュゼリアドル王国の初代国王の右腕として活躍した魔法士――賢者レノアール。

 凄腕の魔法士であり、初めて魔道具を世に生み出したのもレノアールであるとされている。

 その功績をたたえ、彼の没後にシュゼリアドル王国はシュゼリアドル王国と名を変えた。

 そんな彼が始めた小さな魔法教室が、今のシュゼリオ魔法大学の起こりである。

 『賢者』の称号が誕生したのも、当時、最高の魔法士として各地に名を残しているレノアールにあやかってのことだ。


 魔法大学の現役学生がいるだけでなく、大学の卒業生がそのまま住み着いたり、賢者レノアールの聖地として彼に憧れる魔法士が越してきたりと、国民の半数は魔法士か魔法に関わる者というのがシュゼリアドルの特徴だ。

 魔道具を作る専門の工房も多く、一般家庭にも魔道具が広く流通しているのは魔法王国ならではの光景だろう。

 大学に通う学生は、卒業後の進路として魔道具の工房を希望する者も少なくない。

 一人前の魔法士の花形といえば宮廷魔法士や冒険者だが、一般の生活に最も密接する魔道具工房の職人――魔工士のほうが後世に名を残しやすい。

 何より戦闘に直接関わることがないため、現役でいられる期間が長い。将来に安定性を求めるなら魔工士だ。

 ――ちなみに、魔法士として最も大成し、後世に名を残せるのは『賢者』であることは言うまでもないだろう。


 そんなわけで魔法王国は他国に比べ魔法がとても身近なもので、街の至る所に魔道具が利用されている。

 観光名所になるような物もあるため、是非見て回るべきだとカトレアは言った。


「そもそも、貴方の魔法を使った魔道具の工房もあるんじゃない? もしかして、一度も工房に行ったことがないの?」

「いや、教授時代には何度か足を運んでいたが、辞めてからは一度も行けていないな。そもそも執務室から出ることすらほとんどなかったが」

「そうだったわ……」


 リュートのここ5年間の惨状さんじょうを思い出し、カトレアがまた内心で怒り狂っていた。

 そんな彼女を他所よそに、久し振りに顔を出すべきかとリュートは頷く。


「魔工士たちの様子も見たいし、今の内に行ってくるとしよう」

「それがいいわ」


 怒りの感情をおくびにも出さずニコリを笑ったカトレアに見送られながら、リュートはトンと床を爪先で叩き【転移】を発動した。




 約5年振りに目にした工房を見て、リュートは不思議そうに首を傾げていた。


「ふむ……? この工房は、こういった外観だったか……?」


 記憶にある工房は、良く言えばおもむきある、悪く言えば古めかしい外観をした、老舗しにせの工房らしい見た目をしていた。

 しかし、目の前にある工房は真新しく汚れ一つない壁に、落ち着いた印象を与えるドア、そして鮮やかな色使いで装飾された看板が下げられている。

 工房というより商館といった洒落しゃれた建物だが、看板には確かに『カンバ工房』と書かれていた。それはリュートの今回の目的地であり、自らの魔道具の製作を委託いたくしている工房だ。

 突然の魔法陣の出現と、更にその上に転移してきた人物に周囲がざわつくのを気にすることなくリュートが工房を眺めていると、中から1人の男が姿を見せる。


「なんか騒がし……」


 その男と、ドアの前で立ち止まっていたリュートの視線が合う。

 見覚えのある顔に、リュートが笑顔で話しかけた。


「見習い君じゃないか、久しく」

「やっぱり! リュート様じゃないですか!!」


 金の瞳を見上げて固まっていた男が、リュートの言葉に復活する。


「お久しぶりっす! あ、あと俺、見習いから正式に魔工士に昇格したんですよ!」

「おぉ、そうなのか。おめでとう」

「ありがとうございます!」


 元気よく返事をして元気よく頭を下げる見習い改め魔工士の男が、笑顔でドアを開けて身体を横をへとズラした。


「親方もいますので、どうぞ!」

「あぁ、失礼しよう」

「はい! あ、親方ぁ! リュート様が来ましたぁ!」

『なんだとぉ⁉』


 店の奥から返ってきた野太い声に、相変わらずなことだとリュートは笑いながら中へと進む。

 工房内には、以前にはなかったカウンターと商品棚が置かれていた。

 どちらかと言えば騒がしい男たちには、正直なところ、あまり結びつかないような品の良い内装。

 だが、そこで取り扱っている物を考えれば、どういった客層になるのかは想像に容易たやすい。

 店内に置かれた商品は、一見ただの鞄にしか見えない。もちろん装飾であったりサイズであったり違いはあるが。

 しかし、ここに並べられている物は全て魔道具なのだ。

 それらを眺めて、どうやら自分が来れなかった間も問題なくやれていたようだとリュートが頷いていると、奥からドタバタと駆けてくる音が響く。

 そして勢いよくドアが開かれ、大柄な男が姿を現した。

 男は真っ先にリュートを見つけると、眉間に皺を刻みつつも、親しげに唇を吊り上げる。


「随分と久し振りじゃねぇか、おい!」

「5年程だな。元気そうで何よりだ、カンバ殿」

「ったりめぇよ!」


 大股で歩み寄り肩をバンバン叩いてくる男は、この工房の名前になっている親方のカンバ。

 大柄な体格にいかつい顔立ち、不敵な笑みが似合う外見に、初見の者は大抵「剣とか振ってそう。もしくはつくってそう」というイメージを持つ。

 しかし、魔道具を扱う工房の親方をしているだけあって、彼は魔工士──つまり魔法士だ。更に言えばシュゼリオ魔法大学の卒業生でもある。

 大学で静かに席につき講義を受ける姿は当時から若干浮いており、他の生徒からも「本当に魔法士?」と思われていた。

 のちにカンバが「魔法士だって拳でかたらうこともある」という発言をしたことに、凄く納得していたりする。語らいそう、という意味で。

 そして彼が戦闘職ではなく生産職の魔工士志望だと知って再び怪訝けげんそうにしていた。

 そんなカンバだが、魔工士としての腕はかなり高い。だからこそ、リュートも魔道具の製作を委託しているのだ。


「もう“空間鞄”の製作も慣れたもんだ」


 そうニヤリと笑ってみせるカンバに、リュートは満足気に頷く。

 空間鞄とは、リュートが『賢者』の称号を得るにいたった5つの魔法の1つである【時空鞄】を、多少簡易にして鞄に付与した魔道具のことだ。

 リュートの【時空鞄】は、大雑把に言うなら“任意の場所に時空のひずみを生み出し、物をしまったり出したりすることができる魔法”だ。

 そこにしまった物は腐らず傷まず、何より際限なく入る。

 実際には有限なのだが、魔力量に依存する為にリュートの常人ならざる魔力は限界を感じさせたことがなかった。

 そんな【時空鞄】だが、当然ながら難易度はとても高い。高位中級魔法に分類され、『賢者』でも使える者と使えない者がいる。

 時魔法と空間魔法の混合魔法となる為、魔法陣もかなり複雑だ。元より混合魔法は魔法陣が複雑になりがちだが、【時空鞄】はその極致と言ってもいい。

 それを平然と描けるのは、それこそ製作者のリュートくらいだ。

 それを空間魔法に限定し、更に現物に付与することでイメージしやすくしたのが空間鞄となる。

 時魔法がないので腐らず傷まずとはならないが、明らかに鞄の許容量を超えるような荷物が入るようになる。

 どれくらい入るかは鞄のサイズではなく、魔工士の腕と使う魔力量次第だ。

 カンバは一般的な魔法士よりも魔力量が多めで、彼が作る空間鞄は現存する商品で最大容量を誇っている。


「5年の間で他に魔法陣を刻める奴も育ってきたから、販路を増やそうと思ってな」

「それで、このか」

「俺らにゃ似合わねぇがな!」

「親方がそれ言っちゃあ終わりっすよ!」


 声を上げて大笑いする男たちに、確かに品良く整然とした店内は合わないだろう。

 だが、作り手の少ない空間鞄は、当然ながら高級品だ。それを買おうとするのは王侯貴族か大商人、もしくは一部の高位冒険者くらいか。

 そんな客を相手にしようとするのだから、それ相応の外観と内装にもなろうというものだ。


「並んでいる物を見る限り、特に問題はなさそうだ」

「そうだな。製作に関しちゃあ、順調と言えるんだが」


 難しい顔で腕を組むカンバに、リュートが首を傾げる。

 それを見て苦笑した魔工士の男は、肩を竦めてみせた。


「販売ってゆーか、接客がちょいと……」

「あぁ、なるほど」


 豪快な職人気質の男たちに、丁寧な商品説明やら取引交渉は落ち着かないものがある。

 魔法を使うには理解力が必要となるので、話が難しくて商談ができないということはない。

 ただひたすらにむずがゆい思いをするのが肌に合わない、生来せいらいの気質の問題だった。


「そういうわけでな、接客担当の人間を雇おうかと思ってな。ちょうどお前に連絡が取れねぇか考えてたところだ」

「うん? 工房の主はカンバ殿なのだから、私の許可はいらないが」

「とはいっても扱ってる物が物だろ。下手な奴は雇えねぇ」

「物も知識も、れれば大金になるっすからね」


 空間鞄の製作・販売は、現在このカンバ工房が独占している状態だ。使用する魔法陣が秘匿されているわけではないが、ただ刻まれた魔法陣を模写しただけで作れるほど安易な物ではない。

 描き方や魔力の込め方など、実際に目で見て覚えなければならない部分はどうしてもある。

 最初にリュートがやってみせ、それを覚えたカンバが工房の魔工士に教えて、と引き継がれているのだ。

 そんな機密性が高く、また商品価値も高い空間鞄を扱う工房に弟子入り希望の者は結構いるのだが、今のところリュートの知らない者は1人も雇っていなかった。

 下手に雇った者が他の工房の間者かんじゃであったり、商品を盗んだりする不埒ふらち者ではないとは言い切れない。

 しかし、カンバ工房で働く者は全員が似たような気質の持ち主で、どうしても接客への苦手意識が拭えない。

 なので、せめてリュートに意見を聞こうとしていたわけだ。


「お前は大丈夫なのか? 新しい奴が作ってるとこ見ることになっても」

「店と工房を完全に分けて、工房内には入らないようにするっていうのも手ですけど」


 どうやら随分と気を遣ってくれていたようだ、とリュートは笑みを浮かべた。

 正直、リュートとしては他に空間鞄を作る者が出ても気にしない。現物があるのだから、再現が絶対に不可能とは言い切れないだろう。

 ただ、それだとカンバ工房の売り上げに響くだろうし、何より彼らの職人としてのプライドを傷つけるような真似はできないし、したくない。


「私は構わないよ。君たちがやりやすい場であることの方が大事だ」


 そう告げたリュートに問題なさそうだと分かり、カンバもそれは何よりと頷いた。

 それでも一応、雇うのは工房にいる魔工士の知り合いになると伝えておく。

 了承を返したリュートが、悪戯っぽく目を細めて奥のドアを見た。


「折角だから、他の魔工士たちの腕を見せて貰っても良いかな」

「おうよ! 遠慮なく駄目出ししてけ!」

「あ! 俺の腕も見てってくださいよ、かなり上達したんで!」

「それは楽しみだ」


 そしてリュートの登場に実はドアの傍で聞き耳を立てていた他の魔工士たちが、慌てて作業に戻っていくのを魔法で把握しつつ、カンバの先導で工房へのドアを潜った。

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