第8話 賢者、製作する。
カンバ工房には、工房主であるカンバ以外に6人の魔工士が働いている。
そのうち、2人は5年前の段階では未だ見習いであったが、今は全員が一人前として認められていた。
久し振りに会った“
もちろん、横で魔道具を作るところを観察されていた時は、冷や汗なのか脂汗なのか分からないものが出ていたが。全員がリュートに「問題なし」と合格を貰った時など、歓声が上がっていたほどだ。
そして、折角なので空間鞄を作るところを見させてほしい、という頼みを
「では、良いかな」
『お願いします!!』
6人の男たちによる発声の良い返事に、リュートは手に握った特殊なペンへと魔力を流す。
魔法を発動させる為には、魔力を用いて魔法陣を描く作業が不可欠だ。それは魔道具を作る時にも必須となる。
しかし、魔力のみで描く魔法陣は時間経過と共に魔力が自然へと
それを防ぐ為に、初代賢者レノアールによって生み出されたのが“魔工インク”、そして“魔工ペン”だ。
「はっや!」
「こんなササッと描いてんのにちっともズレないの凄いよなぁ」
「魔力の微調節が
「てか込められてる魔力量ヤバくないか?」
間近でワイワイと感想を漏らす男たちを気に留めることなく、リュートはペンを止めることなく
特殊な植物と魔石を配合して作られる魔工インクは、魔力を吸収し保存する性質を持つ。それを専用のペンにセットして、魔力を流しながら魔法陣を描くと魔法が定着するのだ。
リュートが手にしているのは本1冊分ほどのサイズをしたポーチで、底にあたる布部分にペンで描き込んでいる。
描く対象が小さいほど魔法陣も小さく描く必要があるので、難易度も跳ねあがってしまう。今、このポーチサイズに魔法陣を刻めるのはカンバだけで、彼も1日かけて1つの空間鞄を慎重に仕上げるのだが。
「──よし、できたぞ」
「10分もかかってないっすよ! さすがリュート様ですね!」
本人は「いつもと勝手が違うと時間がかかるな」と思っているが、魔工士たちには驚異的な仕上がり速度だ。
何より、魔法陣を描くのに込められた魔力の濃密な気配に、思わず鳥肌が立つ。
扱う魔力が多くなればなるほど、その操作は難しくなっていくものだ。目の前で行われたそれは、
まるで水の流れのように
改めてこの男は『賢者』の称号を得るほどの人物なのだと感嘆する。
ちなみに彼らも魔法大学の卒業生で、リュートの先輩だったり後輩だったり教え子だったりするのだが、嫉妬に
もちろん、その才能には憧れはするものの、格が違い過ぎて嫉妬に繋がらない。リュートにとっては付き合いやすい者たちだった。
「ちなみに親方、この鞄どうします?」
「そりゃあおめぇ……売りに出すわけにもいかねぇだろ」
なんせ『賢者』自ら製作した空間鞄である。
空間鞄の容量が魔力量に依存するのは前説の通りであり、そしてリュートの魔力量は常人を遥かに超える。
もちろん、今回の空間鞄を製作するのに全力を出した訳ではないが、それでも親方であるカンバを軽く
つまり、既存の商品より数段上──否、数次元上といえるような代物になっている。
おいそれと店頭には置けないし、何より一体どれほどの値段をつければいいのかも分からない。
かといってリュートに引き取って貰おうにも、空間鞄の上位版である【時空鞄】を使うリュートには要らぬ道具なのは明白だ。
勿体無いが見本として飾るか、と親方が方針を口にしようとした時、リュートがさらりと応えた。
「あぁ、それは君たちに贈ろうと思ってね」
「……え? お、贈るって……?? これを?????」
「まぁ、実際に作れる君たちには無用な物かもしれないが、それなりに中は広くしてある。私から君たち魔工士への日頃の感謝と、あとは見習い君の昇格祝いも兼ねて」
全員分作るから安心してほしい、と話すリュートを唖然として見ていた魔工士たちがチラリと親方を
腕を組み、眉間にこれまで以上の皺を刻み、歯を食いしばった、全力の苦悩顔をしていた。
金を貰い商品を作る職人として、値を付けられないような上玉をポンとあげてしまうのは如何なものかと思う。
しかし、相手は空間鞄の製作者であり、リュートを知るカンバは彼が純粋に感謝と祝いの気持ちで贈ろうとしていると分かっている。
何より──純粋に、リュート製作の空間鞄は欲しい。なんせ己の作る空間鞄の容量を軽く3倍は超えるだろう代物なのだ。
だがやはり職人としての
「ちなみにカンバ殿には時魔法も付与した【時空鞄】のほうをあげようと思う」
「よしありがたく貰っとけお前ら!!」
一切の苦悩を振り払った笑顔で首肯する親方。これは仕方ないと頷く弟子たち。
「というか【時空鞄】!?」
「できるんですか!? 魔道具で!?!!」
「もちろんできるとも」
そも、何故、【時空鞄】を使えるリュートが下位版の空間鞄を作っていた、もとい職人たちに作らせていたのかといえば、単純に空間鞄よりも【時空鞄】は難解過ぎるからだ。
試しに【時空鞄】の魔法陣を見せてみた当時のカンバが、早々に「それは無理」と
普段から【時空鞄】を使っているリュートにしてみれば、魔力ではなくペンで鞄に直接書き込むのが慣れないな、くらいのものでしかない。
てっきり【時空鞄】は魔道具で再現するのは困難なものだと思っていたカンバ以外の魔工士たちの前で、リュートは先程の空間鞄製作時とさして変わらぬ手際でペンを動かしていった。
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