第5話 賢者、指導する。2
リュートはあっさりと言うが、それがどれほど驚異的なことかは言うまでもないだろう。
【転移】が発表されるまで、空間魔法は考察の域を出ないジャンルとして、魔法士界では認識されていた。
感覚の鋭い魔法士の中には、リュートのように空間を捉えることができる者がそれなりにいる。
しかし、それはあくまで感覚的なもので「そんな気がする」くらいのもの。
魔法で干渉できそうな気はするが、アプローチの仕方が分からない。それが空間魔法だった。
「それに対し、【瞬間移動】の〈発動条件〉は、己が認識できる範囲──言うなれば【探知】で把握できる場所であること。そして、それがそのまま〈移動距離〉になる。
己が知覚できる場所へ行くため、世界へアクセスする必要はないが、その分、己自身の精密なコントロールが不可欠。【転移】は位置情報を魔法陣へと入力することによって、対象を『世界に運んでもらっている』状態といえるだろう」
リュートの言葉に多くの学生が首を傾げている。
何となく意味は分かるが理解し難い、そんな顔をしている学生たちにリュートはくすりと笑った。
「実はこの感覚は他の『賢者』らも曖昧なようで、未だにこの魔法の私以外に習得者がいない。
この中からいつか、【瞬間移動】を会得する者が出ることを、私は期待している」
そう締め括ったリュートは、チラリと何故か講堂内で学生と同じように席に座って受講しているカトレアに目を向ける。
そのカトレアは、何やら期待のこもった瞳をしていた。
彼女が何を期待しているのか察したリュートは、苦笑と共に頷いた。
「では、折角だ。諸君らの中から何人か、私が発動する【瞬間移動】を体験していってくれ」
『おぉ!!』
リュートだけが発動できる魔法を体験できる。
魔法士として生きる者で、この申し出に歓喜しない者などいないだろう。
だが、学生を差し置いて真っ先に手を挙げたのが教授であり『賢者』であるカトレアだったのは、リュートも思わず楽しげな笑い声をあげた。
それから残りの講義時間を使って10名ほどの学生とカトレアに【瞬間移動】を体験してもらい、魔法陣の描き方のコツなどを教え、リュートの5年ぶりの講義は終了した。
終了の鐘が鳴るも、熱気冷めやらぬ学生たちがリュートに質問しに行くかで互いを
「リュート先生!」
そう声を掛けてきた学生らに、リュートも顔を
「君たちか。久しく」
「はい、お久し振りです!」
「まさか、またリュート先生の講義を受けることができるとは思ってもみませんでした!」
「というか、先生が俺たちのことを覚えているとは思ってませんでしたよ!」
そういって笑っているのは、5年前、リュートが教授を
それから5年経ち、6年生となった学生たちはリュートとそう歳の変わらない者や上の者ばかりだが、彼らの
同じ学生という立場であったのならともかく、始めから教授と学生という異なる立場であった彼らにとって、リュートは
学生時代には僻みと
対して、学生時代の同期の顔は全く覚えていない。好悪以前に、興味がなかった。
「もしかして、また教授に戻るとか?」
「いや、今回はカトレアの講義枠を使っての特別指導という形だ。教授に戻るわけではない」
「そっかぁ……残念」
「すまないな。それに……」
「それに?」
「実は先日、5年間勤めていた職を辞してな。旅に出る予定だ」
『旅⁉︎』
リュートの言葉に目を丸くした学生たちは、顔を見合わせると慌てて彼に詰め寄った。
「だ、大丈夫なんですか⁉︎」
「先生が旅って……ま、まさかお一人でではないですよね⁉︎」
「リュート先生、旅って何だか分かってます?」
「というか先生ってお金の使い方とか知ってるの?」
リュートの世間知らずっぷりは、学生たちにも有名であった。
なお、その抜けたところがある人間味が、学生たちに人気があったのは公然の秘密である。
そんな彼であるため、教授を辞めて他の仕事に就くと判明した時にも、学生たちから似たような心配のされ方をしていた。
それを
学生の多くが受講を希望しているとのことで、それから2度、大学側からの要請でリュートは講義を行った。
希望者は大学の学生ほぼ全てという規模で、受講資格は完全に抽選となった。
カトレアの講義を取っていない学生も当然いるため、他の講義をサボるような形となってしまうが、その講義を担当している講師もリュートの講義を受けたいと漏らしていたとか。
そして、久し振りに会う元生徒たちからは、旅に出ることを心配されるリュートの姿が
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