第5話 地球(コチラ)の事情! ⑤

 数日後、花海署の会議室にて警備会議は行われる。


 簡単な挨拶の後、現場にて実地検証を行う予定と聞いている。


 警備情報漏洩防止のため、待ち構えていた本部の人間に携帯電話を預け、録音機器を持ち込んでいないかボディチェックを受けた。


 かなり厳重だな、と思うが、本部のやり方に従うしかない。


 俺は会議室前で立ち止まり、今から俺の身に何が起きるのかいろいろ想像しながら深呼吸をしていた。


 予定時刻の30分前、少し早く着きすぎただろうか?


 いや、どうせ本部のお偉いさんが来るんだ、早く着くことに越したことはないか。


 ドアを押し開け、一歩会議室へ踏み出した瞬間。


 「気を付けーーーーー!!!!」


 「特別警備管理官殿に、けぇいれぇぇい!!」


 バッ、バッという衣擦れの音を置き去りにした揃った動きで、1人の号令に従って、ゴツイ男の群れが気を付けして俺に頭を浅く下げる。


 ちなみに、ドラマとかでよくある右手を額につけるタイプの敬礼は帽子をかぶった時にだけ行われる。


 刑事ドラマとかで間違った作法してるの見ると、いっぺんに見る気なくなっちゃうんだよね。


 帽子をかぶってなければ、背筋を伸ばして浅く礼をするのが正式な敬礼なのだ。


 この時、パッと見15人くらいのおっさんたちが一斉に俺に頭を下げていた。


 いったい何?


 最近の警察24時は若手警察官にドッキリでも仕掛けるようになっただろうか?


 そう思ったのは入口近くに会議を記録するためだろうか、カメラが1台設置されていたからだった。


 しかし、同期でセンスを見出された奴らと違って、俺は今までに一度も昇任などしたことはない。


 つまり、このおっさんたちがやたら老け顔の後輩でもない限り俺に頭を垂れるいわれなどない。


 いや、最近は後輩でも挨拶してくれないけど・・


 それに特別警備管理官って何?


 聞いたこともない役職に戸惑う。


 戸惑ったのは一瞬の間であったが、即座に上座の席が引かれた。


 反射的に座ってしまったが、どう考えてもここは俺が座る様な席ではない。


 状況の説明を求めようとしたが、予定時間前だというのに、顔合わせと聞いていた会議は開催された。


 会議汁には長机が長方形の形に並べられ、俺の左隣に管理官の肩書を持つ50代のおっさん、右隣にすでに寝息を立てている定年前くらいのよれたスーツの白髪のポッチャリ系のおっさんが座っている。


 俺の真向いのホワイトボード前に座ったお兄さんが口を開いた。


 「私、桜井が本日の進行を務めさせていただきます。」


 手元の資料に付けられた名簿に目を落とす。


 サクライ、サクライ、、本部警備課の警部補さんか。


 歳は見た感じ30代前半くらいだろうか、多人数の前でもハキハキと話す姿に自信の能力への自信が感じ取れ、資料を持つ左手の薬指には銀色に輝く指輪が輝いている。


 このヒトは、人生うまく行ってんだろうなぁ、と俺に後ろ向きな感情を抱かせるにはそれで充分だったが、説明はしっかり聞かなければならない。


 この警備はおかしなことが多すぎる。


 様々なことを判断する材料を集めなければ。


 メモを取りながら説明を聞く。



 〇 流行病の影響はかなり落ち着いたものの、この時期に

  大規模のイベントを実行することに、世論、マスコミは

  かなり批判的である


 〇 Kinoが所属する事務所も実行を中止しようとして

  いたが、Kino本人がライブができなければ芸能活動

  を辞めるといい始めたので仕方なくライブ開催に踏み

  切った


 〇 ライブは3日間行われ、すでに総数4万枚のチケット

  は売り切れている


 〇 最近Kinoに正体不明のストーカーが付きまとい、

  ストーカーは今回のライブ中止を求めている


 〇 届いた文書を確かめたところ、ライブ中に何らかの犯

  罪行為によって妨害をしてくる可能性がある



 ・・・絶望的じゃないかこれ。


 何か質問はありますか?


 との問いに、この絶望的な状況にも関わらず誰も手を挙げない。


 日本人って本当にバカ!!


 仕方なく俺が挙手して質問を行う。


 間違いなく俺が一番下っ端で、目立ちたくないが仕方がない。


 聞きたいことはいくつもある。


 「事務所が雇う警備員ではなくて、警察官が会場警備を行うのは、ストーカー被害に遭う可能性が高いためですか?」


 「そのとおり。東京で相談を受けた警視庁から話がご丁寧に回ってきたのです、自分達には関係ないといった感じで。」

 エリートさんの見た目からは想像できない投げやりな回答だ。


 「もう少し世論が落ち着いてから実行する訳にいかないのでしょうか。」


 「あのね、出来たらやってると思いませんか。警視庁が警備を事務所に了承し、会場工事が開始された状態で警視庁から話が回ってきたのです。そのぐらい分かりませんか。」


 急にこの場に居ることとなった俺に事情が分かる訳がないが、エリートさんにも余裕がないことがよくわかった。


 「ストーカーについて目星はついているのでしょうか。」


 「警視庁が捜査中です。我々は警備のことだけ考えていればよろしい。」


 つまり、全く犯人が分かっていないってことね。


 「正直、ストーカーと言ってもよい物かどうか、というところです、1年ほど前からKinoの事務所に『アドバイス』と称して手紙が届くそうです。その手紙に『ライブは絶対に中止にすべきだ、中止しなければ良くないことが起きる。』と書いてあったそうですよ。」


 「アドバイスですか?」


 「ええ、まるで事務所内の話を盗み聞きしているのではないかというような感じで

届くようです。次は明るい曲にした方が良いとか、恋愛の曲を出した方が良いとか。そういった類のものが。」


 つまり、この人達はそこまで重要視していないってことか。


 「あの、特別警備管理官とはなんですか。」


 「・・・」


 黙りこくりやがった。


 エリートさん以外の他のおっさん達もだ。


 さっきまで居眠りこいてたおっさんも今では背筋を伸ばして、少し下の一点を見つめてパチパチ瞬きをしている。


 「説明しますね。」


 右隣の管理官が仕方ないといった感じで俺に向き直る。


 「今回の警備についての統括をする人物ということですよ、ただ、あなたは警備について素人でしょうから、何もしてもらう必要はありません。なんなら、この後の実地検証にも来ていただく必要はありません。」


 「それだけでは、意味が分かりませんが。」


 「これ以上、説明することもないのですよ。そこに居るだけで給料が貰える、そんな役職なのです。」

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