第3話 地球(コチラ)の事情! ③
「アタシが鍵かけとくから、前田くんはもう帰りんさい。
非番でしょ。」
なんと、過去の勤務経験から金属扉の合鍵を持っていたという署長に戸締りを任せ、ありがたく俺は帰宅の途についた。
署長に謝辞を述べた後、俺はアパートに帰宅し、シャワーを浴びた。
築65年、いわゆる1Kで、キッチンと6畳の和室、後は風呂とトイレがあるだけ。
一月の家賃脅威の1万円。
それが俺の城だ。
部屋の造りは純和風で、壁の至る所から隙間風が吹き出し、そして、それらが吹き出る隙間をふさぐ様にして大家さんの心遣いだろうか、色とりどりの御札が貼られている。
彩り豊かな形で隙間風をふさいでくれるのは若い女性ならではの感性だろう。
俺としてはそんなところより、変わった形のシミがついた畳を取り替えて欲しいのだが。
安い家賃で住まわせてもらっているのだ、これ以上を求めるのはおこがましい。
大家さんはアパートの一階に住んでおり、とても優しく、1週間に1回は、
「大丈夫ですか!?」
と焦った様子で俺の様子を見に来るのだ。
こんな最近珍しい良い人を困らせるようなマネはしてはいけない。
俺は、非番の日、ちょっと小奇麗な格好をして、病院へ向かう。
俺のアパートから自転車で10分程度の距離にその病院は位置する。
概観は、塗装されたばかりのオフホワイトの石壁で固められ、清潔さが感じられる。
東西に3階建ての建物が2棟建てられ、その姿は見るからに中堅どころの病院だということを感じさせる。
梶医院、ここには、妹が入院している。
もう7年近くになるか、妹、前田まえだ 雫しずくは、俺と2人歩いていたところ、遠くから見たこともない速さで飛んできた、胸から上がモザイクみたいにもやがかった人物に通りすがりに、間違いなく、大きな鎌みたいなもので腹を刺された。
モザイク人間はどうやら2人組で、異常に美人な女がその後ろを追いかけていた。
あの女に関しては、顔以外の印象が残っていない。
変わった格好をしていたようにも思うが、格好など目に入らないくらい完璧な顔の造形をしていた。
モザイク人間はそのまま飛んで消え、女は一瞬何か雫につぶやいた後モザイク人間を追って消えた。
間違いなく刺されたというのは、刺されて倒れた雫に外傷がなく、刺されたのを見たのは俺しかいなかったからだ。
俺が呼んだ警察は、意識を失った妹を見て、なんなら俺のことをすぐに疑ったし、当然俺の『モザイク人間』の話を全く信じなかった。
結果として現場は、妹が突如意識を失ったことで錯乱した俺が警察と救急を呼んだのだ、ということに落ち着き、捜査などは現在まで行われていない。
ま、当時の俺の話を警察が信じなかったことは当然のことと思うし、何も恨んだりもしていない。
だが俺が見た事実は変わらない。
雫は間違いなくあいつに刺されて今まで意識を失っている。
若い医者が言うには、雫の体は健康そのものなのだと言う。
目を覚まさないことについては、全く原因がわからず、何かのショックによるものであることが考えられるらしい。
「なんなら、本当に刺されてんのかもね。」
と小さくつぶやいたあの医者を俺は未だに許せてはいない。
とはいえ、この病院で雫の面倒を見てくれている一員にあの医者がいることは間違いない。
ケンカをしても得はない。
そして、医者に面倒を見てもらうにはどうしても先立つものがいる。
どういうことだか、雫が刺されてから我が家の経済状況は火の車となった。
あの頃、実家はそこそこ大きな会社を経営しており、それこそ裕福な暮らしを送っていた。
しかしその一件以降、会社は倒産に追い込まれ、雫の入院代を捻出することも困難となった。
俺が警察官になったのは、自分自身でモザイク人間を追おうとしたことももちろんだが、高卒ですぐに働ける職業の中で、さらに公務員の中でも給料がそこそこ良いことが理由だ。
もちろん、給料を貰う以上、俺は本気で住民の方々のため治安を守るし、全力を尽くす所存だ。
別に警察官になど夢見たこともなかった俺が、人様の採用枠を1つ奪い取って警察官になったのだ。
誰かの夢を奪ったんだ、全力を尽くさなければ失礼じゃないか。
しかし、やはり瀬名署長の申し出を受けたことは間違いだったろうか、署長のポケットマネーは確かに魅力的だった。
ただ、どう考えても県警本部がそこらの警察署に1名だけ、それも若手の応援を依頼するなんて異常事態だ。
どうすればよかったかな、なんて、雫に語りかけたはずの言葉はただの独り言となった。
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