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紗良には両親がいないらしい。一年以上の付き合いをして、僕はそれすらも知らなかった。そういえば彼女から家族の話を聞いたことはなかった。
紗良は喫茶店を開きたかったらしい。カフェ巡りはそのための下調べも兼ねていたのだ。
紗良は思い出して欲しかったらしい。記念日もろくに覚えていない僕に、桜の下で出会った日を。秋になって舞うイチョウをその桜に見立ててふざけた日を。
紗良の鞄に入っていたという分厚い日記。僕がいつもうまく言葉をかけられないのと同じように、彼女も口下手だった。日記には彼女が言語化できなかった思いがつまっていた。
「喫茶店開いたら、宏輝に絶対絶対一番のお客さんになってもらいたい! けど、きっと興味ないだろうなぁ」
「宏輝が何考えてんのかわかんない。わたしといるの楽しくないのかな」
「自由が丘のシフォンケーキ屋がすごすぎる……。ふわってしてるのにしゅわっと溶ける! これなら宏輝もおいしさがわかるかも‼︎」
言ってくれなくちゃわからない。ああ、でも、それは僕も同じか。
僕は彼女のことをあまりにも知らなすぎた。知ろうとしなさすぎた。その方が楽だと考えていた。
紗良が目覚めたら、まずは日記を盗み見たことを謝ろう。それから、山小屋カフェを気に入ったと伝えよう。
紗良の寝顔は穏やかで、それだけが救いだった。
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