霧の湖へ行きましょう3

「召喚魔法は駄目だべ、追いつかれない程度に使うだ!」

 シンのとっさの指示に、シンジが迷うように背後をちらちら見ながら答えた。

「む、難しい事言うね……! 了解、できるだけやってみる! まずは――」

 言いながら、背後に右手を向け、走り続けた。

「足止めしすぎない程度にねっ! 『皓々こうこう』!」

 シンジの手から一直線に伸びた冷気が、一瞬にしてあたりの空気を凍てつかせる。その冷気を感じ取った一つ目紳士がスラリと身をひねる。

「少し速度が落ちただけだねっ。あんまり遠慮しなくていいかも」

 背後に気を配りながら、シンジは走る速度を上げていく。その前方でシンも飛翔の術で飛びながら背後を見ていた。

「あの霧の森まで逃げるだべよな、わざとわかりにくい道行ってやるだべ!」

「道案内任せた! 足止めに専念するよ!」

「おうだべさ!」

言葉少なだが、着実なやり取りで双子の行動は決まった。その直後、シンジは回転する様にジャンプし、背後に向けて両手を向けて叫んだ。

水柱すいちゅう!』

たちまち両手からあふれ出した水流が城の通路を川の様にし、さすがの一つ目紳士もその急な水流は避けきれなかった。転びこそしなかったが、立ち止まり、水流に耐えている姿が視界の隅に入った。

「よおし、今のうちだべさ! 窓から外に飛び出すだべよ!」

言うが早いがシンは飛びながら廊下の窓の一つに技を繰り出した。

鎌鼬かまいたち!』

右へ左へ素早く腰に刺した短剣を引き抜き、切り抜くそぶりをすると、その動きに合わせて風の刃が飛び出した。空気を歪めながら飛んでいく風の刃は、大きな窓ガラスを容赦なく打ち砕き、ガラスの破片が外目がけて吹き飛んだ。

直後シンはその窓から外に飛び出し、片手を差し出す。シンジはその腕目がけて跳び上がり、シンは弟に腕を貸す形でシンジを素早く窓の外に引き出した。既に外には夕暮れが迫っていた。日が暮れるもの時間の問題だ。

「脱出成功だべ!」

城の庭をふわり飛びながらシンが叫ぶと、その真下をかけながらシンジが後ろを向く。

「一つ目紳士も、僕たちがこっちに逃げたことには気づいて……?」

「いるだべな!」

直後、二人の姿をあの不気味な一つ目で捉えた白い紳士が、あの割れた窓から外に出ようとしている姿が見えた。

「よっし、このまま誘導しながら逃げるだべよ!」

「また足止めっと!『水柱すいちゅう』!」

シンジは窓枠に今登ったばかりの紳士目がけて勢いよく水流をお見舞いした。窓という限定的な幅では避け切れるわけもなく、一つ目紳士は水流を受け、そのまま廊下に逆戻りだ。

「今のうちに!」

「距離を広げるだべな。任せとくだ!」

双子はわざと暗がりの林の方に向かって駆け出した。賑やかな街の喧騒と、先ほどのゴタゴタで騒然としている城の人々の声を背に、二人の少年は薄暗い木々の間に消えていった。その直後、双子の後ろ姿を捉えたであろう一つ目紳士が、ふらりふらりとその辺りを見回し、同じように林の暗がりに消えて行くのだった。

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