星詠みの魔女
校長室で待っていたのは、彼らにとって予想外の人物だった。
まるで雪のように真っ白な長い髪を一つの三つ編みに束ね、紺色のローブを着た女性の先生――彼らに昨年、図式魔法を教えてくれた、ナーニャ先生だった。もちろん、星の魔法など一度も教わったことはない。
とは言え、この先生と話せるのは、彼らにとって嬉しいことだ。
「わあ、ナーニャ先生が星の魔法を知ってるの? やったぁ!」
たちまち、ヨウサが先生に歩み寄る。するとナーニャ先生は、優しい笑みでヨウサの手を取る。
「あんまり先生とお話することなかったから、ちょっと嬉しいね」
「確かにそうだべな」
「先生、人気者だもんねぇ〜」
と、男子三人も嬉しそうだ。
それもそのはず、ナーニャ先生は学校でも有名な美人先生だ。髪も真っ白だが、白い眉、白いまつげ、そして肌も雪のように白い。優しそうな薄い水色の瞳は垂れ目がちで、それだけで子どもの彼らも見とれるほどだ。その上、性格も穏やかで、ナーニャ先生が生徒を叱っている様子を見たことがない。(もっとも、噂では怒らせると一番怖いとも言われているのだが……。) そんな人気の先生なので、実は生徒だけでなく、先生の中でもモテているとかいないとか、彼らもそんな噂を耳にしたことがある程だ。
「まさか、ナーニャ先生が詳しいだなんて、知らなかっただべな。先生、星を詠めるんだべか?」
シンの問いかけに、ナーニャ先生は静かに頷いた。
「ええ、私は古代文明時代から続く古の魔女『星詠みの魔女』ですから」
「星詠みの魔女?」
聞きなれない言葉に、双子は首を傾げた。
「古代文明……いえ、もしかしたら、それよりもはるか昔から残されている偉大な魔法アイテム『星魔球』……。それを代々守って来たのが、我々星詠みの魔女なのですよ」
進級課題のまさにその調査対象「星魔球」の名前が出て、思わず四人は顔を輝かせた。
「本当だべか!」
「やったぁ! 思ったよりすぐに見つかったね!」
「ねえ、ナーニャ先生、その星魔球ってどこにあるんですか?」
はしゃぐ双子に続いてヨウサが質問を投げかけると、ナーニャ先生は校長室の壁に歩み寄った。大きな棚が並び、貴重な魔法アイテムがずらりと並べられている豪華な棚だ。そのすぐ横の額縁付きの絵画を先生が持ち上げると、その絵の下には小さな魔法陣が描かれていた。それに先生が触れた途端、校長先生の机の辺りから、ゴゴン、と低い音が響いた。
「なんだべ、今の?」
「校長先生の机の辺りから音が……あっ!」
と、校長先生の机の下を覗き込んだシンジが声を上げた。
「見て! 校長先生の机の下に、下りの階段ができてる!」
「うわぁ〜、隠し通路だねぇ〜」
ガイも感心したように声を上げた。
シン達四人とナーニャ先生とレイロウ先生は、その階段を降りていった。石で作られた階段はぐるぐると螺旋状になっており、ずいぶん下まで続いているようだった。
「古い階段ね……。学校の階段とはぜんぜん違うわ」
周りを見ながらヨウサが呟く。茶色の石の階段は使い古されており、歴史を感じるボロさだ。階段を降りきると、そこは丸く開けた場所になっていた。
「うわぁ……!」
「なんだか、すげーだべな……!」
最下層に到着した途端、四人は思わず感嘆の声を漏らした。
その部屋はまるで、星空のような場所だった。黒い石でできた床の上には、金や銀で作られた丸い玉が散りばめられ、まるで空に輝く星のよう。円形状の部屋の壁には、瞳を閉じた十二人の人物が同じ間隔できれいに並んでいた。どの絵の人物も、キラキラ輝くネックレスや耳飾りや指輪の絵が彫られており、それもまた星のように輝いている。しかし一つ奇妙なのはその顔だ。描かれた十二人は、誰もが顔に奇妙な点がいくつもあり、それが線でつながれている。
「……あの模様……何かしら……?」
真っ先にそれに気がついたヨウサが尋ねると、ナーニャ先生が答えた。
「『星座』です。我ら星詠みは、必ず守る星魔球の星座を体に彫るのです」
その言葉に、四人はまじまじと先生のきれいな顔を覗き込んだ。しかし真っ白できれいな肌には、星模様どころかシミひとつない。
四人の様子に、くすくすとナーニャ先生は笑った。
「今の私にはありませんよ。でも、星魔球が力を示す時、必ず現れます」
その言葉に、ハッとしたようにシンがあたりを見回した。
「そういえば、星魔球はどこにあるだべ? この部屋、星空みてーだべが、丸いものは見当たらないだべさ」
シンの発言に、残る三人もキョロキョロし始める。星魔球というくらいだ。丸いアイテムであることは想像に容易い。しかしいくら見回してもそれらしき姿は見えなかった。
「星魔球はこの部屋の中心に隠されています。今ちょうど、私の立っている目の前ですよ」
と、先生は言うのだが、黒い床は触っても真っ平らで、何も仕掛けはないように思えた。すると先生はにっこり微笑んで答えた。
「今から星魔球をお見せしましょう。下がっていてくださいね」
四人が素直にそれに従うと、先生は静かに息を吸い、そして突然歌いだした。そのふんわりとした歌声は、まるで空気に溶けこむ香りのよう、静かに空間に響き、思わず四人はその歌声に聞き惚れた。
そして先生が歌いだした途端だった。部屋に描かれた星々がキラキラと輝き出したのだ。
「星よ こぼれ落ち 語れ 星の
星の
魔女は星を詠み 導く
月よ 冷たく燃え 語れ 人の
星の
我らは星を詠み 紡ぐ
銀河の星々よ 降り注げ
惑う人々に
闇裂く銀の月 降り注げ
我らは 詠みうたう
星よ こぼれ落ち 詠え
星の
導くは 我ら『星詠み』」
歌の中盤からだろうか。先生の目の前で、まるで星が生まれるように小さな砂粒ほどの光が床から飛び出した。そして歌が進むと同時に、その光は大きくなり、歌が終わる頃にはその姿を現していた。
大きな水晶玉のような球だ。薄い青色と薄い紫色が混じったような色をしていて、それはまるで夕暮れの空のように思えた。その球の中には、星が幾つか輝いていた。細い線でつながれたその星は、先生の言っていた『星座』であろう。大きく二股に分かれたその星座は、彼らの目の前で本物の星のように瞬いていた。その球を囲うように地面から生えてきた二本の銀色の木は、球の台座として、宙に浮いていた星魔球を包みこんだ。
「……これが、私の守る『双子座』の星魔球です」
目の前に現れた大きな水晶玉を片手で触れ、ナーニャ先生は四人にふり向いた。先生の顔を見た四人は、思わずあっと声を上げた。先程まで真っ白だった先生のきれいな頬には、星魔球と同じ星座が浮かび上がっていたからだ。
「これが、星詠みの魔女の証拠です」
急に様子が変わった先生にも驚いたが、それ以上に彼らの気を引いたのは、その美しい星魔球だ。四人はまじまじと、今現れたばかりの星魔球を覗き込んだ。見れば見るほどきれいな星魔球に、思わずヨウサがうっとりとため息を付いた。
「すごくきれいなアイテムなのね。こんなきれいな水晶玉なら、案外みんな知ってるんじゃないかしら。見つけやすいかもしれないわよ」
しかし首を振ったのは細目のガイだ。
「いやぁ、それはどうかなぁ〜……。今のナーニャ先生の歌でようやく現れたくらいだもの〜。星魔球って隠されているんじゃないかなぁ」
「その通り」
突然彼ら四人の背後から答えた者がいた。担任のレイロウ先生だ。
「星魔球は、古代時代から残る貴重な魔法アイテムだ。昔から強い魔力を持つこのアイテムは、悪用を逃れるため星詠みの魔女が守り続け、そして隠し続けてきた。だからこそ、見つけるのが難しいんだ」
「やっぱり難しいんじゃないですか……。本当に僕達、進級できるかなぁ……」
先生の言葉に、思わずうなだれるシンジである。そんなシンジの肩に手を乗せ、ナーニャ先生が優しく笑った。
「でも、その十二個を無事見つけ、本来の星魔球の在り方である『連結』をさせることができれば、この世界をもっと良くすることができるのですよ」
先生の言葉に、シンジだけでなくシンも先生を見上げた。
「どういうことだべ?」
「転送魔法がより繋がるようになるんだ」
答えたのはレイロウ先生だった。
「星魔球は十二個全部が繋がって、この世界の上空を網目のようにくまなく繋いで魔力を伝達するそうなんだ。古代文明時代に『インターネット』という技術があったのは授業でも話しただろう? 世界中が電気情報で繋がって、あらゆる情報が簡単にやり取りできたと。それと同じような状態を、このアルカタ世界でも作ることが出来て、なおかつ、転送魔法も繋がりやすくなる。世界中の人々や物が、よりやり取りしやすくなるんだよ」
レイロウ先生の説明に、ヨウサとガイは成程、と納得顔だが、シンとシンジは少々頭をひねっているようだった。
「む〜……よく分からねーだが、でも、この課題をクリアすることで、より世界が便利になるってことだべな!」
シンらしい大雑把な理解である。なんとなく理解したシンジも、兄の言葉に大きく頷いた。
「難しいことはよくわからないけど、でも、僕達が課題を頑張ることで、世界の魔法技術にも役立つってことは分かったよ」
「そうとわかれば尚の事、私達頑張らなくっちゃね!」
「うわあ〜、大変なお仕事あずけられた気分〜!」
と、ヨウサとガイも決意を新たにしているようである。そんな四人にナーニャ先生は更なるヒントをくれた。
「これから進級課題をこなす皆さんは、私のような『星詠みの魔女』を探すと良いでしょう。生きていれば、私を合わせ十二人いる筈です」
その言葉に四人は頷いた。
「そうだべな、星魔球が十二個あるなら、星詠みの魔女も十二人いるってことだべな!」
「でも、ナーニャ先生みたいな人を探すなら、そんなに難しくないかもね」
と、双子は笑うが、ナーニャ先生の表情は思ったより暗い。先生は悲しそうな表情を一瞬見せると、真っ白なまつげを伏せるようにして言った。
「我ら星詠みの魔女は、訳あって人々の目から逃れていたのです。恐らく、普通に探していてはまず見つからないでしょう」
双子の不安をまるで煽るように、ナーニャ先生は言った。
「じゃあどうやって探すんだべ?」
シンが問うと、ふっと優しい笑顔に戻り、三つ編みの先生は微笑んだ。
「方法はあります。私の名を使ってください」
その言葉の意味がつかめず、双子もヨウサもガイも顔を見合わせた。ナーニャ先生は続けた。
「私、ナーニャ・ブライドが、星詠みの魔女として、この世界で協力しましょうと言っている……そう言っていただければ、少なくとも動く魔女はいます。そして、正体を明かしてくれる人も出るでしょう」
「今まで、誰もこの世界で大々的に名乗りを上げなかった『星詠みの魔女』だが……ナーニャ先生ほどの実力者が協力を申し出れば、快く味方する者も多いはずだ。なにせ、このセイラン魔術学校の有名実力者だからな。きっと安心して協力してくれるはずだ」
レイロウ先生からの説明も受けて、双子はほっと胸をなでおろした。
「さすがナーニャ先生。世界的に有名人なんだね」
「それなら安心だべな」
シンジとシンの言葉にナーニャ先生は微笑むが、すぐに暗い表情を浮かべた。
「ですが、残念ながら、逆に我ら星詠みの魔女を、いえ、あの星魔球を悪用しようとする人もいなくはないでしょう。古代文明時代、そのために我ら一族と星魔球は存在を世界から隠したのです……。くれぐれも、怪しい人物には注意してくださいね」
ナーニャ先生の穏やかながらも不安そうな言葉に、四人は大きく頷いた。
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