旅立ちの日なのに
進級課題が渡されたその翌々日――。
シンとシンジは大きなカバンを背負って寮の部屋を出た。実家が遙か遠い地にある双子は、学校の寮で生活しているのだ。いつもの学校に行くカバンよりも、もう一回り大きいカバンには、これからの旅の準備が詰まっていた。
まずは旅費となるお金――とはいえ、子どもの彼らには大した大金はない。次にセイラン学校の学生証。これはかなり重要だ。セイラン魔術学校の生徒と証明できれば、多くの宿は格安で泊まれるし、移動手段も学割が利く。その上身分証明書も兼ねるので、進級課題の最中と分かれば、普段は入れないところも、許可が出て入れる可能性だってあるのだ。持っていかない手はない。そして傷薬や魔力回復の薬。当然旅の途中で、魔物と戦うことは想定できる。同学年の子達と比べても戦い慣れている双子だが、やはり準備は大事だ。後は水筒に非常食、野宿に備えた体温調節が簡単な『魔術師コート』。これはもちろん、学校の支給品である。加えてシンは腰に短剣をさす。戦う時の彼の武器だ。
「準備はバッチリしたし、これで大丈夫だよね」
青髪を揺らしながらシンジが言うと、兄のシンも大きく頷いた。
「昨日のうちにカバンに詰め込んだべさ。忘れ物はないだべよな!」
「うーん、多分…………あっ! 筆記用具! 星魔球の記録を取るんだから、筆記用具は持っていかなきゃ!」
と、双子はまた部屋に戻り、筆記用具をカバンの隙間に押し込んだ。
再び部屋の外に出ると、同じ寮住まいのガイも大きなカバンを背負って部屋から出たところだった。見れば彼のカバンは彼らの二倍はある大きさだ。カバンの頭が、ガイの頭より上に跳び出している。
「お、おはよ〜、シン、シンジ〜」
いつもの間の抜けた声が、今日は更に間抜けに聞こえる。カバンが重いせいだろうか。
「おはよう、ガイ……。すごい荷物だね……?」
思わず見上げるようにしてシンジが言うと、ガイはうなだれるように頷いた。
「だって、地図も必要だし〜傷薬も必要だし〜、野宿するなら毛布もほしいし〜、お料理するのに鍋もいるでしょ〜。あとコップも四つとお皿も四つ〜」
「そんなに詰め込んで、ガイ、歩けるんだべか?」
出発前からへろへろのガイに、見かねてシンがつっこむ。
「大丈夫〜……多分〜……」
思わず心配して、シンがガイの荷物を下から押し上げてみると――
「あれっ!? 軽いだべな?」
「うん〜……大きいのはほとんど毛布だから〜……」
見掛け倒しだったようである。
三人は大荷物をひっさげて学校に向かった。先生から、出発前に渡すものがあると言われていたのだ。この日は春らしい青空、風も気持ちよく暑すぎない程度に暖かい。旅の出発にはもってこいの天気だ。
学校の昇降口につくと、早速ヨウサと会った。彼女も腰に小さなカバンを取り付け、大きめのカバンは肩に下げている。双子よりも更に軽装だ。
「おはようだべ、ヨウサ!」
「おはよう。うわっ、なんだかガイくんの荷物、スゴイことになってるね……」
「大丈夫、見かけだけだから」
そんなやりとりをしていると、担任のレイロウ先生が現れた。
「お、みんなそろったな。おはよう、シンにシンジ、ヨウサにガイ」
「おはようございまーす」
三人が元気に返事をすると、先生は早速奇妙なものをヨウサに手渡した。
「さあ、これがお前達に渡したかったものだ」
と、ヨウサに手渡されたのは、四角くて平たい金属製の物だった。本のように閉じられたそれは、表面に転送魔法用の魔法陣が描かれ、反対側にはセイラン学校の紋章が彫られていた。それをまじまじと見ながらヨウサが首をひねる。
「……? なんですか、これ?」
「それは私が作った特製の『魔導パソコン』だ」
「魔導パソコン……?」
初めて聞く言葉に四人は首をかしげた。
「古代文明時代には『パソコン』と言われる電算機が広まっていてね。誰でも難しい仕事をこれで片付けたり、世界中の人とやり取りしたり、サイバースペースという電気回路の世界で生活したりと、非常に便利なアイテムとして使っていたんだよ。その古代機械学を紐解いて、私が独自開発したのが、この『魔導パソコン』さ」
難しい説明だったが、すごさはわかる。先生の言葉に四人はへぇ、と感心しきりだ。
「なんだか何でもできそうな、ヒミツ兵器みたいだべな!」
「いや、さすがに今の世界にサイバースペースは存在していないから、そこにはいけないけどな」
そんなやりとりをシンと先生がしている傍ら、ヨウサは早速魔導パソコンを開いてみた。開けば片面は大きなガラス面、もう片方は真ん中に丸く平たい魔鉱石が埋め込まれ、それを囲うように丸いボタンが面を覆い尽くしていた。
「こっちがパソコンの画面で、こっちが操作用のキーボード。的確なボタンで情報を入力すれば、パソコンに組み込んだ仕組みが作動するようになっている。電源は、この魔鉱石に触れれば入る。閉じれば自動で電源は落ちるからな」
先生が魔導パソコンを指差しながら説明すると、ヨウサが丸い魔鉱石部分に触れる。途端、画面が白く光り、魔導パソコンが起動した。画面には魔法陣が描かれており、その円を取り囲むように、魔法文字がポツポツと書かれていた。
「この画面なんですか?」
シンジの問いにレイロウ先生は画面を指差しながら一つ一つ説明する。
「この文字が、今のところこのパソコンで出来ることを表しているんだ。この『伝達』を意味する魔法文字に触れれば、通話用転送魔法が発動して、遠くにいても私に連絡ができる様になっている」
「すご〜い! じゃあ、ボクら遠くの国に出かけても、先生に相談できるんだねぇ〜! ちょっとほっとしたよ〜」
と、心底安心したように反応したのはガイだ。
続いて先生は、違う文字に触れながら説明する。
「そして、この『運送』を意味する魔法文字に触れれば、一部のアイテムを学校の棚に転送することが出来る。旅先で薬が不足したり、急に必要なアイテムが出たり、貴重なアイテムを保管しておきたかったりすることもあるだろう? 事前に皆の学校の棚に荷物をしまっておけば、それを旅先でも取り出せるようになるんだ」
「じゃあ薬をカバンに詰め込む必要はないんだね! よかった、旅先で買い足すんじゃお金かかるから、学校にいるうちに準備しておきたかったんだ」
と、安心するのはシンジだ。先生の説明はまだ続く。
「そして、この世界の位置情報を登録していけるのが、この『地図』って文字だ。お前達が行く所は、必ずしも地図にある土地ばかりとは言えないだろうからな。場合によっては未開の土地を行くこともあるだろう。そんなとき、この機能を使えば、自動で歩いてきた土地を登録してくれる。言うなれば地図を作る仕組み、とでも言えばいいかな」
その説明に目を輝かせたのはシンだ。
「すごいだべ! これで世界中をこの『ぱそこん』に記録できるんだべな! オラ達だけの世界地図が出来上がるってことだべな!」
「そういうことになるな」
これだけ便利なアイテムを預けられて、大喜びの少年達とは裏腹に、ヨウサは心配そうな顔だ。
「でも先生、確か古代文明の機械って、電力を使うって言っていましたよね? この魔導パソコンは何で動くんですか?」
ヨウサの質問に、レイロウ先生はニヤリと微笑んだ。
「いい質問だ。これは古代機械とは違って電池は内蔵されていない。電池、つまりはバッテリーの代わりになるのが、この魔鉱石なんだよ。この魔鉱石はみんなの魔力を送ることでそれをためて、動くことが出来る。特にこれは電気石という魔鉱石の一種でね。ヨウサの電気の魔力なら、更に効率的に動くようにしてあるんだ」
「え、つまり、この魔導パソコンって、僕達の魔力が動力源になるってこと?」
先生の発言に、意味を理解したシンジが驚いて返す。
「ああ、特にヨウサの魔力が効果的になるようにしてある」
「よかった、何処で充電するんだろうって心配してたの。私の魔力で済むなら安心ね」
「ははは……」
「電力はたくさん持ってるもんねぇ〜……」
ヨウサの発言に思わず苦笑するシンとガイだった。何と言っても怒れば静電気も出るほど、電気の魔力を持て余しているヨウサである。確かに充電の心配はないだろう。
「さあ、これで渡すものはおしまいだ。準備をしたら、早めに課題に取り掛かるんだぞ」
「はぁい!」
先生の言葉に四人は元気に返事をして、まずは自分達の教室に向かった。
進級課題を言い渡されてから、五学年の生徒達は忙しく走り回っていた。学校内だけで課題を終わりにできそうな生徒はごく少数。ほとんどの同級生が世界各地に散らばって、課題クリアを目指すのだ。下手をしたら丸一年、クラスメイトにも会えない。せめて出発の挨拶をしようと思っていたのだ。
「すっごい荷物! なに、もうシンくん出発なの?」
教室に入るなり、昨年副級長だったネコ科のミツキが声をかけてくる。ミツキは班のメンバーと一緒に地図を広げ、目的地の確認中だったようだ。
「そうだべ、オラ達の課題はめちゃくちゃ難しいだべさ。早めに出発してヒントを探しに行くだ」
「世界中を回るかもしれないんだ。もし旅先で会ったらよろしくね」
シンに続けてシンジも言うと、ミツキは嬉しそうに頷く。
「もちろんだよ! あたし達の行先はあたしの故郷、砂漠のバクバク国だからさ。会ったらよろしくね!」
「あ、あたしはアーサガ王国が故郷だから……。立ち寄ったらお茶くらいだすね……」
と、恥ずかしそうに話すのは植物精霊族のロウジーだ。褐色の肌を白い髪がサラリと隠し、うつむくロウジーの表情をそっと隠す。その様子を見て、はっと思い出したようにガイがぽんと手を打った。
「そうだよ、シン〜。ボクらが探す星魔球って、ナーニャ先生みたいな『星詠みの魔女』が持っているんでしょ〜? それこそ、ロウジーちゃんみたいな、白い髪の人を探したら、星詠みの魔女に近い人なんじゃないかなぁ〜?」
ガイの提案に、おなじくハッとしてヨウサが顔を輝かせる。
「そうよ、ナーニャ先生の外見って、かなり特殊じゃない? 植物族でもないのにやたら白いし、それにナーニャ先生自体は古代マテリアル族って、聞いたことがあるわ。それってかなり珍しいんじゃないかしら?」
このアルカタ世界では、人々の種族は大きく二種類に分けられる。一つは精霊族。普通の人型をしているが、自分が持つ属性によって外見が大きく左右される。例えばシンの様に炎の力を強く引き継いでいれば、外見は燃えるような炎の色に、シンジの様に水の力を強く引き継いでいれば、透き通った水のような青色に、といった具合である。
もう一つはマテリアル族で、これは古代時代から続く生物の特徴を強く引き継いだ種族だ。ミツキのようなネコ科であれば猫耳にふさふさの両腕、尻尾といった外見に、植物族であれば、緑色の葉っぱのような髪色か、花の様に美しい色とりどりの髪色になり、皮膚は多くが樹皮のような硬い茶色か褐色、または柔らかな薄い黄土色になることが多かった。
種族の特徴はその外見に表れる。ナーニャ先生のような真っ白な人型種族は、雪の精霊族でもない限りなかなか珍しいのだ。
「そっか、星詠みの魔女が珍しい種族なら、逆に魔女から探していけばいいのか。いいアイディアだね!」
ガイとヨウサの言葉に、シンジも嬉しそうに答える。そしてすぐにロウジーに向き合うと質問を浴びせた。
「ロウジーちゃんは植物精霊族だけど、植物精霊族でもないのに、白っぽい人って見たことないかな?」
しかしその問いかけに、ロウジーとミツキは顔を見合わせて瞬きしていた。
「……やっぱり、急に聞かれても分からねーだべよな……」
「そりゃあ、珍しい外見だもの〜」
と、シンとガイが思わずため息を付くと、思いがけずミツキが答えた。
「いや、そーじゃなくてさ。いるじゃん、そーゆー人」
「本当だべか!?」
「みっちゃん、知ってるの!?」
思わず飛びつくようにミツキに詰め寄る双子に、猫耳少女は驚いて体をのけぞらせながら答えた。
「てか、みんな知ってるじゃん……。ホラ、シン達も仲良しのあの級長だよ」
その言葉に、四人はあっと息を飲んだ。
そうなのだ。彼らのクラスの昨年の級長、フタバという少年は、白い髪に青い瞳をした特殊な精霊族だ。
「言われるまで忘れてたわ……。そうよ、フタバくんってあの姿で精霊族だったじゃない」
と、悔しそうに呟くのはヨウサだ。その隣であごを押さえてシンジが首をひねる。
「そういえば、詳しい属性って聞いたことなかったもんね。もしかして、ナーニャ先生と同じく古代マテリアル族かな……?」
「もしかしたら、フタバが『星詠みの魔女』かもしれねーだべよ!」
「いやあ、フタバくんは男の子だから、『星詠みの魔法使い』じゃないかなぁ〜」
シンの発言にこっそりツッコむガイである。とはいえ、大きなヒントを得たことには変わりはない。早速ヨウサが意気揚々とミツキに問いかける。
「もしかしたらフタバくんと話すことで、何かヒントになるかもしれないわね! ねえ、みっちゃん、フタバくん何処にいるか知らない?」
すると、ロウジーが少々困ったように首をかしげた。
「確か……フタバくんは……もう課題をやるために出発しちゃったよ……」
「ええ〜!?」
思わず四人の叫び声が一致した。
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