五年生になったら――魔術学校の進級課題


「一体どういうことだべ!?」

「どーして僕達だけこんな難しい課題なんですか〜!?」

 進級課題を渡された、双子の最初の反応はこれだった。


 ここはアルカタ世界でも名の知れた『セイラン魔術学校』。中央大陸にあるこの学校は、世界でもトップクラスの学校だ。学べる内容も然ることながら、その環境も整っており、多くの魔術師のタマゴ達が憧れる学校だ。

 しかし今日はその第五学年のあるクラスで、奇妙な大声が響いていた。

「納得いかねーだべ!」

「おかしいじゃないですか! こんなに難しい課題だなんてー!」

 大声で先生に訴えているのは、赤い頭の少年と青い頭の少年だ。赤頭の少年の髪はボサボサで、半袖シャツの上に奇妙に交差した白い布を身に着け、下には深緑のハーフパンツを履いている。

 その隣にいるのは青い髪がサラサラとなびく少年だ。こちらは水色の襟の付いた服を着ているが、赤髪の少年同様のハーフパンツ、おそろいのようだ。

 二人は何やら紙を握りしめて、先生に向かって必死の表情だ。

「いくらなんでも無茶だべさ! あるかどうかもわからないものなんて、探しっこねーだべ!」

と、奇妙ななまり全開で話すのは赤髪の少年だ。名前をシンという。

「僕達の進級がかかっている課題なんですよ、もっとやさしいのにしてください!」

と、手にした紙を先生に見せるようにして言うのは、青髪の少年だ。こちらの少年の名はシンジ、シンの双子の弟だ。

「まあまあ、課題は私が決めたことじゃない。校長先生の決定だからね」

 双子の訴えに、そう言って苦笑するのは担任の先生、レイロウ先生だ。緑色のボサボサで長い髪を後ろに束ね、片眼鏡に白衣姿と、先生の服装もなかなか奇妙なものだ。それもそのはず、学校でもマッドサイエンティストとウワサされるだけの機械オタク、「古代機械工学」兼「古代文明歴史学」の先生だ。


 双子がこう騒いでいるのにはワケがある。時を少しばかり遡り、この騒ぎから十分ほど前――この日は、第五学年の進級課題発表の日だった。


 セイラン魔術学校では、いつも第五学年になると、進級課題が言い渡される。普通の課題ならさして驚くものでもないが、さすが世界有数の魔術学校となるとレベルが違う。その進級課題は、まだ誰も解決したことがないような課題が出されることも少なくないのだ。例えば、伝説と言われる「霊獣」の調査や、特殊な一族である古代マテリアル族の歴史、中には数魔法の応用を考えるようなものもあり、彼らの進級課題はそのまま魔術学会に出されるほどのものだ。しかも期間も長く、第五学年の丸一年を使って行われる。もちろん、学生である生徒の進級もかかっているので、極端に難しいものや命にかかわるような課題が出ることは少ない……のだが――


「ねえねえ、シン。僕達の課題は何だったの?」

 課題の紙を班ごとに配布され、それを受け取ったシンを覗き込むようにシンジが問いかける。しかし問われたシンは、難しそうな顔で首を傾げている。

「せ、セイマキュウって……なんだべ?」

課題の紙にはこう書かれていた。






AK.22022/4/9

セイラン魔術学校 進級課題


下記の者、魔術学校次学年の第六学年に進級するための課題を与える。


対象生徒

・カンナ シン

・カンナ シンジ

・キサラギ ヨウサ

・ウリュウ ガイ

      ――計四名。


進級課題

 古代文明時代からの伝説の魔術師「星詠みの魔女」とその者が所有すると言われる「星魔球」について調査せよ。


期限

 第五学年に該当する一年間


合格基準

 計十二個あるという「星魔球」の調査データの提出(一年以内)






 シンの言葉に、後ろの席にいる、ピンク髪の女の子が首をかしげた。

「なあに、シンくん。その『セイマキュウ』ってのを探すの?」

 すると、そこで同じ班のバンダナ頭の子が、困ったように眉を寄せた。

「え〜? まさかセイマキュウって、あの伝説になってる『星魔球』のこと〜?」

 バンダナ少年の言葉に、双子もヨウサも振り向いた。

「ガイ、知ってるだべか?」

「うん〜まあ、聞いた程度だけど、ずーっと昔からあるって言われる不思議な水晶玉だよ〜。すごい力を秘めていて、古代からすごく大事に使われてきたらしいけど〜、世界中に散らばっているって言われていて、その上あの超古代文明時代の時からあるんじゃないかって、伝説もあるくらいなんだ〜。手に入れたら国を支配できるだけの力を持つ、て言う伝説もあってね〜。知る人は、喉から手が出るくらい欲しい水晶玉だけど〜、今まで一度も見つけた人がいないって言われるアイテムなんだよ〜」

 その言葉に、真っ先に顔を曇らせたのは女の子の方だ。

「ちょっと待ってよ。見つけた人がいないアイテムだなんて、どうやって私達が見つけるのよ?」

 その言葉に双子もハッとしたように顔を見合わせ……

「そ、そうだべよ……」

「見つけた人がいないアイテムだなんて……僕達だって探せっこないよ!」

「一体どういうことだべ!?」

「どーして僕達だけこんな難しい課題なんですか〜!?」

――と、なったわけである。

 そう、進級課題に難しすぎる課題が出ることはあくまで「少ない」のであって、ないわけではない。運悪く、シン達双子の班に、その「ないわけではない」課題が出されたというわけなのだ。


 あまりに双子がぎゃいぎゃいうるさいものだから、さすがの先生も口調が厳しくなった。

「今更あれこれ言っても仕方ないだろう。それに、こんな厳しい課題になったのは、シン、お前にも責任があるんだぞ」

 先生に言われ、ぽかんとした表情でシンは言った。

「へ? オラにだべか? こーんなにオラ、優秀な生徒でねーべか」

「どの口が言うかな〜……」

 思わずそう突っ込んできたのは、双子の背後にいた細身の少年だ。頭をおおう黄緑色の大きなバンダナ、首元に古びた鏡をぶら下げているこの少年、同じ班であり、彼らの友人のガイだ。

「何言ってるべさ、ガイ。オラ、こう見えてちゃんとテストも乗り切ったし、実践では満点だって取っただべよ!」

「紙のテスト、赤点もあったけどね……。それに」

と、シンジは目を細めて付け加える。

「宿題の忘れっぷりは、あやうく進級できなくなるところだったと思うけど?」

 弟のツッコミに、思わず二の句がでないシンを見て、バンダナ頭のガイがケラケラと笑う。

「やっぱりシンはお間抜けだなぁ〜」

「そういうガイだって、宿題忘れはシンと同じくらいだからね」

「うっ!」

 すばやいシンジのツッコミに、ガイも思い出したように言葉を飲み込んだ。

「そういうことだ。今回の課題は、お前達二人の、日頃の学校への態度も影響しているんだからな。わかったら、ちゃんと真面目に課題をこなすんだぞ」

 そう言われて、返す言葉もないシンとガイの二人は、口をすぼめて顔を見合わせていた。

 双子とガイが席に戻ると、双子の後ろの席にいる、先程の少女が声をかけた。

「……で、先生どうだって?」

 げんなりした顔でそう問いかけるのは、ピンクのフワフワの髪が特徴のヨウサだ。彼女も双子の友達の一人、そしてやはり同じ班である。

「この課題でがんばれって」

 そう言って、シンジは手にした紙をヨウサに渡す。

「そりゃあイキナリ困った始まりになっちゃったわね」

 困り果てている四人に、早速声をかけるものがいた。

「なんだよ、お前ら。相変わらず運が悪いな〜」

 などと口を挟んできたのは、クラスのトラブルメーカートリオの一人、マハサである。ネコ科の半マテリアル族のマハサは、ふわふわの毛が生えた大きな腕を頭の後ろに組み、少々あきれるような表情だ。頭の上の三角の耳がピクピク動いている。

「運が悪いっていうか……シンとガイの授業態度のせいだから、まあ自業自得と言うか……」

「むしろ、とばっちり受けた私達のほうが運悪いわ」

と、シンジとヨウサが真っ先に答える。二人の視線を受けるシンとガイはといえば、もちろん居心地悪そうに顔をしかめている。

「そーゆーマハサはどんな課題なんだべさ?」

 話題を変えたくて、シンが逆に話を振ると、猫耳少年は嬉しそうに課題表をシンの目の前に突きつけた。

「へへーん! あの『グーガン王国』での調査だってさ!」

「ええ〜! あのおもちゃの国と言われる楽園の国〜!?」

 真っ先に反応したのはガイだ。しかしそのガイの言葉に、思わず残る三人も立ち上がってマハサの課題表に集まった。

「ホントだべか! あのおもちゃの国だべか!」

「うわー! うらやましい! 遊び放題じゃない!」

 双子に続いて、班の中の紅一点、ヨウサも思わず希望が口をつく。

「いいな〜、私もそっちの調査が良かったな〜」

「よかったら、ヨウサくらいならこっち混ぜてもいいぜ」

と、ヨウサの言葉にマハサは嬉しそうに課題表を振ってみせる。なんと言ってもマハサはヨウサに気があるので、彼女の反応は嬉しいに違いない。

「そりゃあ、出来たらいいけど、班分けは決定だもの。それに、行き先は楽しそうでも、課題が難しいなら、ちょっと考えちゃうじゃない?」

 ヨウサの言葉に、マハサも首をひねって課題表を睨む。

「そこなんだよな〜。課題がさ、『グーガン魔法アルゴリズムの調査』ってなってんだけど、そもそも何言ってるのかわかんないんだよな」

と、耳をピクピクさせているマハサの様子に、双子達も顔を見合わせて苦笑した。内容は違えども、やはりみんなの課題もそこそこに難しいのだ。


「それにしても、困ったね……。世界中にあるって言われているけど、その正確な場所なんてわからないんだから、どうやって探すんだろうね?」

 シンジのコソコソとした問いかけに、向かい側に座るシンもうーむと唸った。

 彼ら四人は、学校の図書室に移動していた。たくさんの難しそうな本が並び、それだけで部屋中の壁が埋め尽くされ、部屋の隅も見えないほどの大きな本棚がずらりと並ぶ。カサカサと紙をめくる音とカリカリとペンが走る音がする以外、シーンとした緊張感ある場所だ。滅多に双子もガイも来る場所ではないが、ヨウサの提案で彼らはここに移動していた。

 机の真ん中に顔を寄せて話し合いをしているのは、双子とガイだけで、どうもヨウサは本を探しに行っているらしい。

「まあ普通なら〜、それこそヨウサちゃんが言うように、本で星魔球とか探すんだろうね〜。本探すだけでも何日かかるんだろ〜……」

 ガイの言葉に、ゲンナリした様子でシンが机に突っ伏した。

「む、無理だべ……。お、オラ、本なんてそんなに読めね―だべ……」

 そんなシンの様子に一つため息をはさんで、弟のシンジが続ける。

「他には、星魔球って言うくらいだから、魔鉱石を扱う人に話を聞いてみるってのはどうかな? ホラ、町にある宝石屋さんみたいな……」

「宝石とは違うからそれはどうかな〜。それこそ闇の石の時みたいに、博物館探したほうがいいんじゃないかな〜」

「博物館だべか。それくらいならできそうだべな!」

と、ちょっとやる気を取り戻したシンだったが……

「とはいえ、一カ所では見つからないから、世界中の博物館を当たるようかもね〜」

とのガイの言葉に、再び机に沈む。

「む、無理だべさ……。世界中探してたら、それだけで一年経っちまうだべ……。オラ達、ずっと六年生になれないだべよ〜!」

「しーっ!!」

 思わず声が大きくなっていたシンに向けて、勢いよくそう諌めたのは、分厚い本を抱えたヨウサだった。

「図書室では静かにって言ってるでしょ! もー、シンくんてば声が大きいんだから……」

 ヨウサが少々不機嫌そうに唇を尖らせる。そんなヨウサに、シンジが首を傾げた。

「あれ、ヨウサちゃん、何か本見つけたの?」

「うん、随分前に見かけた本なんだけど、もしかしたらこれに書いてあるんじゃないかなって思ってね」

 そう言ってヨウサが見せた本の表紙には、『古代文明魔法技術』という文字が書かれていた。

「古代文明の魔法技術……? 古代文明時代には魔法技術ってなかったって、歴史の授業で教わったけど……?」

 シンジが思わず首をひねって唸りだすと、ヨウサは本をパラパラとめくりながら説明を始める。

「そりゃあ古代文明時代は基本的には機械技術よ。でもね、占いとか魔除けとか、一部の人々には既に魔法技術が始まっていたらしいの。ほら、星魔球って古くからある魔法アイテムなんでしょ? だとしたら、この本にヒントがあるんじゃないかと思ったの」

 ヨウサの提案に、今まで机に突っ伏していたシンが顔を上げた。

「さすが、ヨウサ! 名案だべな! 早速見てくれだ!」

 見つかる可能性が見えてくれば、元気も出てくるというものだ。シンの反応に、ヨウサも大きく頷いて、本のページを探す。

「古代文明時代の魔法……一番古いものは……『占い』……。占いだって」

 ヨウサがそう読み上げると、シンはあごに手を当てて首をひねる。

「占いなんて、今でもあるだべさ。オラ達の山でも、よくばっちゃんが占ってくれてただべ。世界の気を読んでどうとか言ってたべさ」

「でも、気の読み方……では星魔球とは繋がらないね。古代文明時代にも星魔球に繋がるような話ってないのかなぁ……」

 そうシンジが肩を落とした時だ。ヨウサが急に眉をしかめ、本に顔を埋めるくらいの勢いで近づけた。思わずガイが問いかけた。

「どうしたの、ヨウサちゃん〜?」

「……うん……占いのやり方なんだけど…………あっ!」

 急にヨウサは声を上げ、その大声に自分で気がついて、飲みこむように口を押さえる。しかし興奮は抑えきれなかったようで、目をキラキラさせながら三人に目配せした。

「どうしただべ、ヨウサ?」

 その様子に思わず気持ちがはやり、早口にシンが問いかけると、ヨウサは高鳴る気持ちを抑えるように、何度も頷いて答えた。

「昔の占いで一番多かったのが、星を詠む占い、ですって……!」

「星を……?」

「詠む……?」

 思わず双子は首を傾げていた。


 四人はその本を借りると、そのまま教室に戻った。課題を与えられ、各々早速動き出した第五学年の教室は、どこも人がまばらで、ゆっくり話すには最適だった。図書室のあの空気では、とてもではないが、ゆっくり話せる筈がない。

「星を詠むっていうのはね」

 席につくなりヨウサは説明を始めた。

「人の運命は、星の下に決まるって考え方から来ているみたい。その時の星の輝きや、その人の生まれた年や日にちから、運命を詠むんだって。『占星術』っていって、中には星の力を借りて魔術を行った人もいるって話よ」

 その説明に、思わず双子は目を輝かせた。

「星の魔術だなんて、なんだか、星魔球にピッタリな魔法だね!」

「ありえるだべな、その星を詠むって魔法を調べれば、星魔球に辿り着けそうだべな!」

「でも待ってよ〜」

 口を挟んだのはガイだ。細い目が更に細くなって、困った顔をしている。

「星の魔術はわかっても、それを知っている人なんているのかなぁ〜? だって、古代文明時代の魔法でしょ〜? この学校でも、そんな魔法の勉強はしなかったから、それを知っている魔術師の先生って、少ないのかもしれないよ〜?」

「その通り」

 突然ガイの言葉に答える人物が現れて、四人は思わず跳び上がった。声の方を見れば、長いボサボサ緑の髪に片眼鏡の白衣姿、担任のレイロウ先生が立っていた。

「レイロウ先生! いつの間にいただべ!?」

「やっぱり、星の魔術を使う人って少ないんですか?」

 双子の問いかけに、レイロウ先生はハッハと笑う。

「お前達が教室に戻る頃かと思って、いま来たところだったんだよ。そして、その星の魔法を使える先生だが……ちゃんと学校にいるぞ」

「本当ですか!?」

 思わずヨウサの声が大きくなる。

「もちろんだとも。お前達にちゃんと紹介しようと思ってな。校長室においで」

 レイロウ先生に促されるまま、四人は教室を出て、校長室に向かった。



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