第12話:メダイ機関

 コンコルド・シティで同時多発的に事件が発生していた。

 筋肥大した人間が建造物を、車両を、人以外の全てに対して攻撃を開始したのだ。シティ内の交通機関は完全にマヒし、誰も彼もが混乱していた。

 警察組織は対策に追われているが、あまりにも突然のことであり、何よりも相手は『超人』と化した人間なのだ。人に対するようにはいかない。

 情報が錯綜し、統制が失われた組織ほど、個人より混迷を極める。

「蒼の光教団、か」

「こ、こんなにいたんですか!? やばいです。カメラに映っているだけでも五十人以上、全部根本並の『超人』だとしたら、警察組織だけじゃ手に負えません!」

「メダイ機関の増援は?」

「主に蓋の役目を果たしてもらっているため、市街地にはほとんど配置されていません。というか、たぶん要請しても彼ら動きませんよ」

「指揮系統が違うからな」

 主義主張も、と黒木は心の中でつぶやく。日本支部は良くも悪くも特異な立場である。同じ組織として最低限の応援として蓋はしてくれているが、おそらくそれ以上は何のかんのと断られるだろう。日本支部の失敗を望んでいるかもしれない。

「蛇ノ目ェ、泣いてるガキに構ってる場合じゃねえ。仕事の時間だ」

 蛇ノ目は泣いている翡翠を抱きしめていた。

「黒木さん、言い過ぎだぜ」

 黒木の発言に噛みつく轟もまた、泣く少女を心配そうに見つめていた。

「泣いても現実は変わらねえよ。悲劇なんてのはな、どこにだって転がってるもんなんだ。怪異に関わろうが関わるまいがな。俺らに出来ることなんざ、その中の一つか二つを潰す程度だ。『超人』だろうが、『拳士』だろうが、『生体コンピュータ』だろうが、怪異であろうが、それは変わらねえ。それでもやるか、やらないか」

 黒木は煙草を咥え、火をつけようとする。

「本部は、禁煙、です。ぐじゃ」

「愛煙家は肩身が狭いねえ」

「世情の流れです、諦めてください。わたし、大人の理屈はわかりません。美少女なので。それに、天才美少女なので、一つ二つじゃ、満足できません」

 羽佐間翡翠は涙と鼻水をぬぐい、自らを『接続』する。

「わたしの目の届くところは、全て、守ります!」

「熱血だねえ」

「ハッ、上手く使えや、ポップガール」

「はい。では現場担当のお二人、さっさと外に出てください。お二人がここにいてもミジンコほどの役にも立ちませんので。蛇ノ目さんもです」

「「……ひでえ」」

「く、くひ、元気になったなら、いい。私も、頑張る」

 コンコルド・シティの危機に、ボランティア部も動き出した。

『先ほどは慰めて頂き、感謝、しています』

 翡翠は蛇ノ目にだけ通じる回線で謝辞を述べる。

「べ、別に、良いよ。私たち、な、仲間だから」

『いずれ恩返しをしましょう。わたし、貸し借りにはうるさいタイプですので』

「じゃ、じゃあ、ひふみ君の写真、欲しい」

『……ちなみにどう使われますか? 参考までに』

「アイコラ」

『別の方法でお返しします』

 通信が断絶する。蛇ノ目は「何か変なこと言ったかな?」と首をかしげていた。本当に、一欠けらすら彼女はそれが悪いことだとは思っていなかったのだ。

 好きな人のアイコラを作る、国民の半分くらいやっているだろう、と蛇ノ目式の中ではそうなっていた。いつか何かをやらかす、翡翠は悪い確信覚えていた。

 それでも嬉しかった。誰かに抱きしめられた経験など――

「さあ、お仕事の時間です! 皆さん、頑張ってわたしについてきてください。手抜きはありません。認めません。全力でやりましょう!」

 各人の画面にデフォルメひすいちゃんが日本一と書かれた鉢巻を巻いて現れた。全員、げんなりした顔になる。ただし、指示は的確であり、やはり厳しい。

『判断が遅い! 貴方の頭は空っぽですの!?』

『ばーか、あーほ』

『ハァ、僕は来世に期待すべきですか?』

「「「畜生ッ!」」」

 メダイ機関日本支部、マリス・ステラの中枢部にて統制するためのコアが今、稼働した。コンコルド・シティ全てを統御する、最強のシステム。

「反撃、開始ッ!」

 『生体コンピュータ』羽佐間翡翠が稼働した。


     〇


『ご機嫌よう、如月警部。メダイ機関の羽佐間特任少佐です。これより皆さん、私の指示に従っていただきます。敵の対処は専門部隊が行いますので、皆さんは市民の避難誘導に専念してください。作戦スケジュールは送付済みですので参照ください』

 突然、無線に割って入ってきた声。

 彼も現場を預かる身、コンコルド・シティのルールは理解しているつもりであった。有事の際、メダイ機関の羽佐間特任少佐は市長と同等の権限を得る、と。

 ふざけた話だとよく酒の席でこぼしていたものであったが――

「こ、これは」

 飛び交う無線に耳を傾ければ、おそらく他の指揮官も『同時』に指揮を受けているのだろう。困惑と驚愕が伝わってくる。

 それほどにこのスケジュールは微に入り細を穿っていた。細かく、それでいて現場に合わせたスケジューリング。こちらの人員も、武装も、練度も全て勘案された上での最善手。これを作り上げたものは怪物であろう。

 それをこの都市全域、全ての部隊に同様の指示を出しているとすれば――

「怪物め。しかし、この可愛らしい二頭身のキャラクターは何なんだ?」

『ひすいちゃんだ』

「ひえ!?」

 下手は打てない。有事の際、彼女はこの都市全てを網羅しているのだから。

『行程、遅れてるよ! 何やってんの!』

「ひ、ひい!」

 ちなみにこのひすいちゃんズ、一体一体無駄に個性を付与しており、性能には一切関係がないのだが話し方など大きく異なっていた。

 だが、CVは翡翠オンリーである。


     〇


 轟乙女は翡翠の指示通り、全力で蒼の光教団の信徒を無力化していく。

「私は、間違った権力に負ける気はない!」

「じゃあテメエらのやったことは間違ってねえのかよ!」

「いつか、それが世界を、照らすはずだ!」

「その世界に、失われた奴らはいねーんだぞ! ファ〇キンカルトども」

 一年次から仲が良かった花ケ前リリス。彼女とバンドを組んで、文化祭でド派手にぶち上げるつもりだった。楽しいことがたくさん待っていたはずなのだ。

 彼女はそれにふさわしい女性だったと轟は思っている。

「どんな理由があろうとなァ、奪っちまったらそいつらと同類だろーがよォ!」

 力ずくで、素早く、より効率的に――

「そ、んなこと――」

 わかっているさ、崩れ落ちる信徒の眼が揺れていた。

 それでも彼らは立ち止まらない。

「……そんなに良いもんかね、宗教ってのは?」

「貴女、とても幸せだったのね。一番大事なものをね、奪われると、心が空っぽになるの。全部、無くなって、一人じゃ立てなくなる」

 普通の主婦、それが蒼き薬を打つだけで――

「アナタ、しょうちゃん、今、会いに行くわね」

「……くそ、やり辛ェぜ、ファ〇ク!」

 悪い連中ではない。それが伝わってくるからこそ、轟乙女は歯を食いしばりながら戦う。根本克也とは根本的に違う。

 彼らは普通で、善良なのだ。

 その証拠に彼らは一切、市民に手を出していない。

「それしかなかったのか?」

「ええ、悔いはないわ。あの人たちの無念を晴らせるかもしれない、それだけで私は戦える。私だけじゃ蹲るしかできなかった。でも、今は違うの!」

「そうか。……悪ぃな」

 轟は拳で、普通の主婦だったものを打ち砕く。殺しはしていないが、それだけ。そこまで加減して戦える相手でもなかった。

「いいのよ。これがエゴだっていうのも、わかってるから」

 倒れ伏す彼女を見て、轟は天を仰ぐ。今、死なずとも、おそらく薬の影響で死ぬ。この手心には何の意味もない。それどころか死を長引かせるだけ。

『乙女さん、次の地点へ移動開始してください。時間、ありません』

「……あいよ、ポップガール」

 本当にやり辛い、心の中は荒れていた。

 守るべきものを打ち砕いているような、そんな錯覚を覚えてしまったから。


     〇


「次、行くぞ」

 一切の問答をかわさず、あっさりと信徒を無力化する黒木。そこに一切の感情はなかった。仕事ゆえ、必要な破壊を成し、戦術目標を達成する。

 感情は必要ない。

 そんなものを抱えて悲劇の根絶など出来ようはずもないから。

「お前らの不幸自慢に付き合う気はねえよ。悪いな、ハッピーおじさんでよ」

 黒木史崇は物音一つ立てずに、相手の意識を刈り取った。

「嗚呼、ハッピーハッピー。パチンコ勝てねえことだけがアンハッピーだぜ」

 紫煙を燻らせながら黒木は歩む。

 彼の通った後には躯の如し静けさが漂う失神した信徒が積み重なっていた。

「お前も、俺たちと同類だ。目を見れば、わかる」

 信徒と出会っても、黒木の歩みは変わらない。

 目の色も、感情も、何一つ、揺れることはない。

「……例えそうでもな、そこからどうするかが大事なんだよ」

 建造物を破壊し、車両を蹂躙する破壊力を受けて、いなし、懐に入り込んだ瞬間にはすでに破壊を終えている。僅かな問答を経て、彼には自分が何故倒れ伏したのか、敗北を悟る暇すらなかっただろう。

「どいつもこいつも馬鹿ばかり、だ」

 全てを終えてから、きっと自分は揺れる。

 いつもそうなのだ。だから煙草がいる。酒がいる。ギャンブルがいる。

 そうでもしないと耐えられないから。

 心のどこかで彼らを肯定しつつ、それを打ち砕いてしまったことに。

「ぷはぁ、次」

 紫煙は揺れ、黒木は揺らがず。ただ、歩む。

 無人の野を行くが如く。


     〇


 追い詰められた信徒の暴走、それは明らかな陽動であった。

 彼らには理性がある。人に危害を加えないことも徹底している。そんな理性を持つ者たちが一斉に暴走するなど理に適わない。

 理に適わぬならば、別の理があるのだと考えるべき。

「騎士、か。若ェのにしっかり鍛えてんな」

 メダイ機関日本支部の前身、聖心機関には伝説の武人がいた。

 曰く、空手を修め現代に並ぶ者なし、と。曰く、比類なき剛力にて砕けぬモノなし、と。曰く、その男は鬼である、と。

「……赤鬼、ジャパニーズオーガか」

「ハッ、ローカル怪異もしっかり勉強してやがる。勤勉で結構」

「すでに引退したと聞き及んでいたが」

「ロートルを駆り出さなきゃならんほど人材不足なんだよ、メダイ機関ってのは。特に日本支部はな、あの女の影響が強すぎるのさ」

 そう言いながら巨漢の男は腕まくりをする。上下ジャージに下は鉄下駄。およそ現代の装いとはかけ離れている。時代遅れの遺物、全身がそう語る。

「気づけばロックもクラシック扱い。ハッ、時代の流れってのは恐ろしいぜ」

「伝説の、怪異を狩る怪異、『鬼神』轟正道、か」

「おう。よろしくな、ナイトガイ」

 全身の体躯が朱に染まり、雄々しく一本角が天を衝く。

「立ち会えるとは、光栄の極み」

「臆さず、か。いいねェ、それでこそロックンロールだぜ」

 騎士は相対すると決めた瞬間、自身の目的を完遂することを諦めた。自分が戦ってほんの僅かでもこの伝説を止めおく。それで他が活きることに賭けた。

「だが、無駄だぜ。他も俺ほどじゃあねえが、それなりに駒は揃えてある」

「知っているとも」

 あと一歩、しかし其処には壁がある。

 メダイ機関という国際組織、その厚みが蒼の光教団に襲い来る。

「勝負ッ!」

「面白ェ!」

 騎士と鬼が衝突する。


     〇


 他の場所でも内地へ繋がる場所はメダイ機関の精鋭が封鎖していた。

「無駄だ。かつて志を同じとした者たち、殺したくはない」

「……北米支部、『銀弾』か。怪異狩りのスペシャリストだな」

「俺は吸血鬼とゾンビ専門なんだ。人を撃たせないでくれ」

「悪いが、出来ん相談だ!」

「残念だよ」

 かつて怪異を狩るために肩を並べていた者同士が刃を交える。双方にとって心地よいことではないのだろう。本音を言えば、他支部の者にとって彼らの掲げる理念より、日本支部が掲げる理念の方が理解、納得からは遠いのだ。

「探知された? これだけ気配を消してなお――」

「蛇の探知範囲を舐めるな」

「蛇竜使い、アフリカ支部か」

 それでも彼らは仕事をこなす。組織に在籍する者として。

「港は、空っぽ、か?」

「ラァ!」

 耳をつんざくような衝撃が耳朶を打ち、抵抗することなく騎士は倒れ伏す。

 船乗りに畏れられし怪異、セイレーンの血を継ぐもの。

 その歌は容易に人を破壊せしめる。

 海路もまた、彼らによって完全に封鎖されていた。

「ユーロ支部からは人狼部隊か」

「外壁からは動かぬところを見ると、あくまで露払いに徹する様子だが」

「くそ、奴らの鼻は避けて通れんぞ」

 コンコルド・シティの外壁の上、一定間隔で並ぶタキシードを身にまとう集団は、多くの怪異に恐れられている怪異集団、遥か昔から人間と同盟を結び怪異と敵対していた生粋の対怪異専門の一族、人狼である。

 彼らの鼻は怪異を嗅ぎ分け、その足跡を逃さない。

 後詰としてはまさに最高の性能であろう。

「この都市、吸血鬼臭いです。兄さん」

「今は様子を見るしかないのだ。日本支部と協力関係にある眷属、あれは普通ではない。現在は不在としているがあの阿僧祇も在籍している。元梁山泊の名前持ちもいる上に、何よりも最悪なのが『鉄血』の縄張りだということだ」

「……正気じゃない。こんな都市、一秒とて留まりたくない」

「っすねえ。命がいくつあっても足りませんわ」

「吸血鬼に守られた都市、反吐が出る」

「まあ、『鉄血』に縄張りを守るという概念があるとも思えんがな。あくまで其処にいるだけ。数十年もすれば飽きて別の場所に向かうだろう」

「なら、何とかなるかもしれないっすね」

「もしもの時は、な」

 くん、彼らの鼻が同時に何かを捕捉した。

 彼らの視線が空へ向かう。

「なるほど。大胆不敵」

「兄さん?」

「空は範疇外、だ。放っておけ」

「そーそー、請け負った仕事に責任を持つってことは、過剰にサービスをすることじゃあないっす。定められた範囲を完全にこなすのが、請け負った側の責任」

「定められた範囲の外に問題があった場合は、元請けの責任だ」

「手を出したら要らぬ責任が発生してしまうの。わかる?」

「はい、姉さん、兄さん方」

 ヘリコプターがあるビルに向かって飛翔していった。

 それを人狼部隊は見逃す。

「人の手に『また』怪異と戦う力が渡る、か」

「今更っすよ、兄さん。銃もそうだし、戦車に飛行機、しまいにゃ核兵器ともなりゃ俺ら人狼族も形無しっす。人間はとっくに異種族を凌駕してる」

「大局では、な。局地戦でも勝ちたいのだろう。人は、強欲ゆえ」

 全ての局面で異種族を凌駕する力を、人が身に着けた時、その時自分たちの立ち位置は何処にあるのだろうか、と人狼部隊のリーダーであり、彼らの長兄でもある男は思案する。今はまだ表向きは友好関係にあるが――

「お、こっちに来たっす」

「手伝いますか?」

「必要ねえよ。昔ながらの騎士に負けるってんなら、それこそ廃業っす」

 各地で散発し始める戦い。優勢なのは都市側。

 されど、あのヘリコプターが目的を完遂してしまえば、勝利は教団側のものとなる。それもまた一興、と他支部の者たちは思っていたが。


     〇


 空、『眼』がそれを捉えた時にはすでに持ち駒がなかった。

「くっ、対空兵器も発注しておくべきでした。誤算です」

「仕方ありませんよ。ってかいち都市が発注出来るんですかね?」

「スケジュール調整して部隊を向かわせますか?」

「無理です。すでに仮調整しましたが、どうやっても間に合いません。黒木中佐も轟中尉も少し離れています。あの騎士がいると仮定したならば、警察を当てるのは死ねと言っているようなもの。残念ながら、メダイ機関では手詰まりです」

 蛇ノ目の協力を経て、コンコルド・シティを完全に掌握した羽佐間翡翠がさじを投げた。逃がすしかないのか、そういう空気が流れ始める。

 翡翠は、ほんの少し悔しそうに『ある人物』のスピーカーを点灯させた。

「D-十三区画、グランシティタワー屋上です。お願いします」

『ありがとう、ひすいちゃん』

「……本当はひふみさんに頼らずに全部解決するつもりでした」

『あはは、嫌われちゃったかな』

「仕事の時のひふみさんは、嫌いです。もっとわたしたちを頼って欲しいです」

『ごめんね』

「いえ、まだまだ弱いわたしたちが悪いので」

『……別に強くなることを俺は望んでないけどね。じゃあ、俺は向かうよ』

 一陣の風のように、監視カメラにちらりと映る超スピードの存在。

 やはり彼は別格なのだ。怪物集いしコンコルド・シティの中でも。

「では、皆さん仕事を続けてください。ヘリの件は、もう終わりました」

 翡翠は絶対の確信をもってそう断言した。

 贔屓目ではなく、それだけの力が今の彼にはあるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る