昇格

 それからフワリは帰宅し、エラは「少し待っておれ」と言い部屋から出て行った。

 フワリ曰く「ほぼ全部屋が研究室または物置と化しているから片付けに行った」らしい。


 だが結局どうにか人が入れるようになったのは2部屋のみで、俺たちは男女に分かれて部屋を使わせてもらうことにした。


 ありがたいことにはありがたいけど、なんでそんなに物が溢れてるのに人を泊めようと思えたんだろう。


 そういうわけで、俺、ヒトギラ、トキは川の字で一夜を明かした。

 補足しておくと俺が真ん中だったのでだいぶ歪な「川」であった。


「おはよう、皆の者! よく眠れたかえ」


「うん、ありがとう……ございます?」


「良い良い、敬語でなくても構わんぞい」


 エラはまたもや俺の背中を叩きながら言う。


「おぬしら、もう行くのじゃろう? ひとつ土産代わりに《解析》してやろうではないか。なに、年寄りのお節介じゃ」


「は、はあ……」


 俺たちはすでに10歳で《解析》はしてもらった。

 だからこれは「新たにスキルが発現していないかを視る」ということなのだろう。


 まあスキルが新しく発現するのは心身に何か大きな変化があった時だというし、十中八九何も面白いことは無いだろう。


「ふむふむ……おお、ヒトギラはこれがあるから昨日ずっと障壁を張り続けていられたんじゃのう」


「お前が近付かなければ張らなくて済んだんだがな」


 エラはひとりひとりを視て回った。

 最後は俺の番だ。


 とは言っても特に抜きん出ているところも無いし、つまらない結果になるだろうけど。


「おぬしは……ほほう、《不可侵》とな」


「え!?」


「最近になって発現したスキルのようじゃのう。自分でも気付いていなかったのではないか?」


 まさか、俺にスキルなんて……。

 そんな重大なことってあったっけ?


「ど、どんなスキルなの」


「『自分の魂に対する他者からの干渉を無効化する』じゃ」


「……ん、使いどころ無くない?」


「少なくとも今のところは無いのう! 魂に干渉する方法なんて、わしですら開発しておらんよ」


 俺はがっくりと肩を落とした。


 なるほど、発現したのに気付かないわけだ。

 生きてるうちに発動する機会があるかどうかも怪しい。

 というか魂に干渉されるとかどういう状況?


「ま、まあ、誰にも侵されない魂なんて素敵ですわ。持っているだけで誇れるスキルですわよ」


「慰めてくれてありがとう、デレー……」


 うん、とりあえずそう思っておくことにしよう。

 ポジティブシンキングだ。


「じゃあそろそろお暇しようかな」


「そうか。またいつでも来るがよいぞ」


「うん。お邪魔しました」


 俺たちはエラ邸を去り、拠点への帰路に就いた。


 まだ太陽も真上に来ていない。

 時間もあるし、ついでにこの近辺の依頼があれば受けて行こうということになり、俺たちは最寄りのギルドに向かった。


 いつも通り受付の人に嫌な顔をされながら渡された依頼一覧を見て、あれ、と思う。


「すみません、ランクCの依頼が混ざってるんですけど」


 そう、紙束がいつもより分厚いなと思ったら、ランクDだけではなくCのものまで一緒に渡されていたのだ。


 しかし受付の人は顔をしかめてこう返した。


「あなたたちのパーティーランクはCでしょう、何か問題でも?」


「え」


 とっさにみんなの方を振り返る。


「……Cなの?」


「初耳ですわ」


 どうやらみんなも知らなかったらしい。


「おかしいな、ランクが上がったら呼び出されるか何かするはずなんだけど……」


 冒険者証は常に肌身離さず持っている。

 呼び出しがあれば気付くはずだ。


「そんなのでよく冒険者やってこれましたね。ランクすら把握できないなんて……あなた本当にリーダーなんですか?」


 小首をかしげる俺を受付の人が鼻で笑う。


 確かに、俺の不注意で呼び出しを見逃していたのかもしれない。

 と、俺が言葉に詰まった時。


「あら」


 デレーが声を上げた。


「あなたこそ、よくギルドの職員をやってこれましたわね。こういう時はまず呼び出しが行われていたのか、確認をするものではなくって?」


「我々の不手際だと言いたいのですか?」


「ええ。だって私、いつもフウツさんのことを見ていますもの。歩いている時、食事をしている時、私と話している時、他の人間と話している時。朝は起床前から夜は就寝後まで、同じ空間にいる限りずっとずっとずうっと見ていますもの。ですから、万一フウツさんが気付かずとも私は見逃しませんわ」


「…………」


 受付の人、絶句。

 まあそうなるよね……。


「僕から補足しておくと、見逃し防止のために呼び出しは四半日に1度、合計4度行われる手はずになっています。しかし僕も呼び出しが来たのは見ていません。デレーさんの言う通り、確認することをおすすめしますよ」


 もう面倒になったのか完全に女の子の振りをやめたトキが、さらに援護してくれた。


「そ……そこまでおっしゃるなら……」


 渋々受付の人が書類を探りだす。


 取り出した書類束のあるページを何度もペラペラとめくり、そして億劫そうに口を開いた。


「……え、えーっとですね。その……呼び出しはまだしていない、という記述になっていました……。も……申し訳ございませんでした」


「フウツさん、こう言っておりますがいかがいたしましょう? おすすめは撲殺ですわ。します?」


「しないよ! わかってくれたんだから、もう気にしない。それより依頼を選ぼう」


 俺はみんなにも見えるよう、ゆっくり一枚一枚紙をめくっていく。


「ランクCだと魔窟制圧ができるみたいだね」


「魔窟……魔物がいっぱいのとこ! あたし魔窟に行きたい!」


「僕も賛成です。思う存分毒を使えますし、魔物の解剖も好きなだけできますから」


「魔窟制圧は時間がかかるから、いったん拠点に帰って準備しなきゃいけないんだけど。それでもいい?」


「うん!」


「はい」


 魔物の集団は洞窟や森を棲み処とすることがあるのだが、場所をそのまま使うのではなく、多くはそこを改造する。


 洞窟であればさらに掘り進めて複雑な、また広大な空間を作り上げ、森であれば一切の動物を追い出し、魔物にのみ適した環境を作り上げるという。


 ちなみに「魔『窟』なのに森もあるのか」と思われがちだが、「魔物の巣窟」で「魔窟」なので問題は無いらしい。


「でしたら帰る道すがらに……というのはやめておいて、真っすぐ帰って準備に専念した方がよろしいですわね」


「そうだね。ヒトギラはいい?」


「構わん」


「わかった。じゃあ、この依頼を受けます」


 受付の人に該当ページを開いた状態で紙束を渡す。


 そこからは何事も無く手続きを終え、俺たちはギルドを後にした。


「まっくっつ! まっくっつ!」


「ご機嫌だね、バサーク」


「もちろん!」


 はしゃぐバサークを微笑ましく眺める。


「そうだ、さっきは呼び出し云々に気を取られてて言えなかったけど。ランク昇格、やったね!」


「ああ、そうだな」


 ヒトギラはこくりと頷いた。

 彼はランクAパーティーの者のみがなれる「単独冒険者」を目標としているから、いっそう嬉しいのだろう。

 まあ顔には全然出てないけど。


「こんなに早く昇格できるなんてびっくりだよ。みんな、本当にありがとう」


「8割方フウツさんのおかげですよ。いくら個々が優秀でもまとめる人がいなければ。ほら、あなたがいなかったら秒で崩壊するでしょう、このパーティー」


「そんな、大げさだよ」


 恥ずかしいけど正直否定はできない、でもやっぱり恥ずかしい。

 俺は笑って誤魔化した。


「うふふ、『恥ずかしいけど正直否定はできない、でもやっぱり恥ずかしい』の顔ですわね」


「一字一句同じとは恐れ入ったなあ」


 デレーの読心術がどんどん上達してきている気がして怖い。

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