老人の話
「エラ、来たよ」
やって来たのは何やら物々しい屋敷。
フワリは呼び鈴を無視して正面の扉を叩く。
『おお、フワリか』
すると、またもやどこからか声がした。
小さな女の子みたいな声だ。
「面白い人たちを連れてきた」
『ほうほうほう! なーるほどのう!』
喋り方は老人のそれに似ていて、アンバランスな感じになっている。
声は上機嫌に『さあさ、入るが良いぞ!』と言った。
「行こう」
「う、うん」
フワリは扉を開けて中に入り、迷うことなくずんずんと進んでいく。
ここにはよく来るみたいだ。
「また地下に落としたりするんじゃないでしょうね」
「心配いらない、落ちないルートを通ってるから」
「落ちるルートはあるんだ……」
2階に上がり、フワリはある一室の前で立ち止まった。
「入っていい?」
こんこん、とノックをする。
「うむ、大丈夫じゃ」
声に促され部屋に入ると、そこは棚や机がずらりと並ぶ独特な雰囲気のある場所だった。
「わあ、凄い……!」
「うむうむ、素直でよろしい!」
そう言いながら歩いてきたのは、声の通りの幼い女の子。
「このお屋敷の娘さん? 可愛いね!」
「違うよ。娘じゃなくて主人」
「え?」
「そもそも、ここには彼女しかいないし」
主人?
屋敷にこの子しかいない?
どういうことだ、こんな小さな女の子が1人で暮らしてるってこと?
しっかりはしてそうだけど、さすがに危なくないか。
「ふっふっふ。ナイスなリアクションじゃ」
女の子はにんまりと目を細める。
「なにを隠そうこのわし、エラは! 自らに若返りの魔法をかけた天才! 鬼才! 偉大なる魔法使いなのじゃ!」
「うわ、本当にいたんですね……」
トキが引きつった顔をした。
「知ってるの?」
「親とか周りの大人がよく頭を抱えてました。第七領地きっての問題児とか、才能の引き換えに協調性を失った社会不適合者だとか、歩く災害だとか」
はあ、と彼は溜め息を吐く。
「なんじゃ、おチビは同郷か」
「言っときますけど、あなたの方が小さいですからね。あとそんなフリフリの服着て恥ずかしくないんですか」
「おぬしの服もおなご用であろう」
「…………」
トキが口元に手を当てる。
これはたぶん「そういえば女子のふりするの忘れてた」という顔だ。
「して、フワリよ。何か用があって来たのではないのか」
「うん、キミがボクにくれた魔法道具に興味があるって、みんなが」
「なーんじゃわしのファンか! そういうことなら早う言え!」
いま急に話が飛躍したけど?
「ならばとくと聞かせてやろう! ほれそこに座れ」
と言いながらエラは俺たちを拘束魔法で椅子に縛り付け口を塞いだ。
暴君にもほどがある。
「では改めて。わしの名はエラ、見ての通り天才魔法使いじゃ。役職は【導師】。スキルは《解析》だけじゃがそれを補って余りある才能の持ち主じゃぞ! 拍手!」
態度はアレだが、なるほど【導師】とは確かに凄い。
【導師】はスキル《解析》を持つものが分類される役職で、その人数は極めて少ない。
《解析》は文字通り、対象の潜在能力やスキルを調べることができるもので、役職判定には欠かせない能力だ。
だからギルドは貴重な人材を確保すべく、【導師】を高い給料で雇っている。
どの職業にも劣らない厚遇を受けられるため、ほとんどの【導師】はギルドに所属しているという。
このことから、「【導師】は生まれながらの勝ち組」なんて言われたりもするらしい。
彼女は「《解析》だけ」と言ったがそれだけで十分すぎる。
「わしは幼き頃から魔法に興味があり、いずれ研究をしたいと考えていた。ギルドに就職すれば金、すなわち研究費には困らん。じゃがわしはギルドには入らなかった。ひとつ大きな問題があったからじゃ」
誰か、わかる者はいるか? とエラは言った。
わかっても口塞がれてるから答えられないよ。
「そう、何を隠そうこのわし、誰かの下につくのが死ぬほど嫌いなのじゃ!」
そんなことだろうと思った。
「ギルドになんか入れば、わしより無能な上司の言うことを聞かねばならんかもしれん。それだけはお断りじゃった。アホに従わされることに勝る苦痛は無い。そもそも人に指図されたくないし」
確かにこれでは敵も多くなりそうだ。
エラとギルド、両者にとって良い決断だったと言える。
「そこでわしは王族に自分を売り込んだ。『天才のわしを援助しろ!』とな。交渉はやや難航したが、無事国から研究費を出させることに成功! で、今に至るわけじゃ」
単身で国に「研究費出せ」はなかなかの傍若無人っぷりだ。
でもまあ、それが許可されて今も続いてるってことは実力は確かなのか。
というか――。
「エラ、魔法道具の説明」
よかった、フワリが言ってくれた。
恐ろしいことに、エラの前では彼も常識人にならざるを得ないと見える。
「おお、そうじゃった。どの魔法道具が気になる?」
「あの……声のやつ」
「遠隔音声伝達機じゃな。これは送信機と受信機に分かれておってのう。そも、音というのは振動なんじゃが、送信機が話主の声の振動をキャッチし、魔力を用いた信号に変換して受信機へ送る。次に受信機がその魔力信号を振動に戻し、声を再現するというわけじゃ」
な、なるほど……?
完全には理解できないけど、魔力を利用して音を届けるってことだろうか。
「ちなみに、地下通路の罠も同じような仕組みじゃぞ。魔力を送って装置を起動させる。発想自体はシンプルじゃが実現するには数々の障害があってな。例えば――」
とまあ、俺たちが口をきけずフワリも止めないのをいいことに、エラは喋りに喋り続けた。
バサークが3回ほど寝ては起こされ、ヒトギラが虚無を見つめ始めるほどに。
「ふう。ざっとこのくらいかのう」
「話の長さが確実に年配の方のそれですわ……」
拘束からもやっと解放された俺たちは、ほぼ満身創痍だ。
「……そういえば気になってることがあるんだけど、質問してもいい?」
「良いぞ!」
「あ、いやフワリになんだけど」
「ボク?」
「うん。君、俺たちの他にも誰かあの地下通路に落としたことあるの? 俺たちが見た罠だけでもわりと本気で殺しにかかってたんだけど……怪我人とか出なかったのかなって」
「? 出たけど」
フワリはさらっと言った。
「ていうか半殺しにする前提だし。ボクは死の恐怖にさらされた人間の様子を観察したいんだ」
「……! そ、そんな……第一、騎士団に見つからなかったの?」
「口封じしてるから平気」
口封じ……殺したってこと?
ただの変わり者だと思っていたけど、まさか殺人鬼だったなんて……!
どうしよう、騎士団に通報するべきだろうか。
「フワリよ、おぬし言葉が足りておらんぞ」
警戒する俺たちを見て、エラが溜め息混じりに言う。
「安心せい、誰も殺してはおらん。こやつのスキル《回帰》は対象を自分と会う前の状態に戻す。体も記憶も、じゃ」
「……つまり?」
「怪我は治るし、こやつに何をされたかも忘れるというわけじゃよ」
「なーんだ、それなら良かっ……いや良くはないな」
「まったくです。自分の欲のために人に危害を加えるなんて、道徳に反しますよ」
「それ君が言う?」
トキは「なんのことですか?」としらを切ってきた。
君が毒飲ませてきたの忘れてないからな……。
「はあ……馬鹿馬鹿しい。早く隣町まで行って宿を探すぞ」
ヒトギラが心底疲れた風に言う。
そうだ、俺たちは隣町に行く途中なんだった。
何かをしようとするといつもこうやって脱線するんだよなあ。
「なんじゃ? 宿を探しているならここに泊まっていくが良い」
「え、でも」
「これも何かの縁じゃ。遠慮するな」
エラはバシバシと俺の背中を叩きながら笑った。
縁……。
ああ、そういえばこの2人も俺を嫌ってないみたいだし――同時にヤバそうな人だ。
「ヤベー奴にだけ嫌われ体質無効説」がさらに濃厚になってきた。
なんか微妙にやだな……。
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