ドキドキ地下通路
「そういえば刺激って言ってたけど、俺たちが歩くのを見るだけで刺激になるの?」
『大丈夫、こんな感じになってるから』
ガコン、とレバーが下げられたような音。
『遠慮なく死ぬ気でがんばってほしい』
続いて、ズズズ……と重い物を引きずるような音、地響き。
まさか。
俺は後ろを振り返る。
そこでは拷問器具よろしく無数の棘が生えた壁が、俺たちに向かってゆっくりと近付いてきていた。
「死ぬやつじゃん!」
「あの野郎覚えてやがれですわ!」
俺たちは一斉に走り出す。
少し行くと曲がり角があった。
そこにある待避所っぽい空間の入り口は、今いるところよりも目視でわかるくらい小さい。
あの壁がどういうルートを辿るかはわからないけど、幅が狭ければ入っては来れまい。
急いで駆け込む。
「はー……びっっくりした……」
「あんまよく考えずに抱えて走ったけど、トキだいじょーぶだった?」
「はい、野蛮じ……元気のいいバサークさんにしては揺れも少なく。おかげさまで助かりました」
壁が通り過ぎるのを待ち、俺たちは再び通路に出た。
「よし、何も来てない。行こう」
今度は落ち着いて、ゆっくり進むことができる。
危機は去った――と思いきや。
カチリ。
「ん?」
「え?」
不吉な音が聞こえた。
「なんか踏んじゃったんだけど」
バサークの足にしっかりと踏みつけられ、床の一部がへこんでいる。
いや、へこんでいるというよりボタンみたいに押されている。
「でもって壁開いてきてるんだけど」
鈍い音を響かせながら壁が上下に分かれ、無数の穴が開いた別の壁が姿を現した。
「クソが! 全員寄れ!」
ヒトギラが叫び、俺たちは彼を中心に身を寄せ合う。
そして障壁魔法が展開されると同時に、壁の穴から次々に矢が飛んできた。
百本はあろうかという量の矢が一瞬にうちに撃ち出され、障壁で跳ね返される。
それが過ぎ去ると、辺りは何事もなかったかのように静かになった。
「あ、ありがとうヒトギラ」
彼の肩にそっと手を置く。
「…………今回だけだからな」
眉間にしわを寄せて呟いた彼は、死人のような顔をしていた。
緊急時とはいえ、ヒトギラが俺以外に近付くことを許すなんて初めてだ。
もしかして仲間意識が芽生えてきたのかな、と俺は不謹慎ながら少し嬉しくなる。
「……ああ! わかりましたわ、最初からこうすれば良かったのですわね」
不意にデレーが明るい声を上げた。
「デレー?」
「離れていてくださいまし。少々荒っぽくいきますので」
彼女は腰を落とし、大きな愛斧を構える。
「あ! わかった、あたしもやる!」
バサークも同じように拳を構えた。
「ではせーので参りましょう」
「うん!」
トキの方を見ると、何かを悟った目をしていた。
俺は今にも倒れそうなヒトギラを引っ張り、2人から引き離す。
「せーのっ」
華やかな掛け声と一緒に、斧が、拳が天井に叩きつけられた。
やっぱりこうなるのか……。
轟音と共に石造りの天井が崩れ落ちる。
正直、落ちてきた時から「通路自体は天井低めだなー、デレーとかバサークが間違って壊さなきゃいいけどなー」とか思ってはいた。
いたけども!
なんかこう「逆らったらまずいかも」とかいう不安を持ち合わせてはいないのだろうか、あの2人は。
「もう一層ありますわ。ここから上がって再度天井をぶち抜きましょう」
「いえーい! そーだ、みんなはあたしが投げてあげる!」
「え、うわっ!」
近くにいたトキがバサークに上の階へと投げ飛ばされる。
力加減はできているようで、勢い余って天井に……なんてことにはならなかった。
「はいじゃあ次はヒトギラ!」
「あー、待って。俺がヒトギラを持ち上げるから……よいしょ、と。これで俺ごと投げてくれる?」
さっき無理してもらったし、これ以上は触らせない方がいいだろう。
現に彼は抵抗すらしてこないため、相当精神的に疲れたみたいだ。
しかし重い、というか大きい。
俺とヒトギラでたぶん頭ひとつ分くらい身長差があるのだ。
向かい合わせになるかたちで持ち上げているのだが、ヒトギラの足が地面についている。
「任せて!」
「お手柔らかにお願い」
バサークはさすがの怪力、ヒトギラごと俺を姫抱きにして軽々と上に放り投げた。
俺はべちゃ、となかなか無様な感じで上の階の床に着地する。
「ヒトギラ、大丈夫?」
「ああ……悪いな……」
ここはおそらく地下1階だ。
依然、通路であることには変わりないが先ほどいた場所より遥かに天井が高い。
あの天井が1階の床と繋がっていると思われる。
「お待たせー!」
「さあ、続きですわ」
遅れてバサークとデレーがやってきた。
「あら……ずいぶん天井が高いのですわね。これでは私、斧が届きはしても十分な火力を出せそうにありませんわ」
「問題ない、俺がやる」
「いいんですか? あなたさっきまで死んでましたけど」
「魔力的には余裕だクソガキ」
ヒトギラが天井に手のひらを向ける。
渦を巻くようにして水が現れ、みるみるうちに大きくなり人ひとりを包み込めるくらいになった。
それがふわ、と浮いたかと思うと、物凄い勢いで天井にぶつかって大穴を開ける。
役目を終えた水は、再びヒトギラの手に戻って跡形もなく消えた。
「すごーい! ヒトギラ万能じゃん! ね、あたしと今度戦ってよー!」
「断る」
「ちぇ! いいもん、じゃあ直接持って運んであげる!」
「は? おい馬鹿やめろ! 触るな!!」
「いったーい! 急に障壁張らないでよー!」
「ふん、こちとら自力で浮けるんだよ。ついでにフウツももらっていく」
「まあ! 先ほどは許しましたが今度はそうはいきませんわ! フウツさん、私を抱っこしてくださいまし」
「え、えーっと……」
「僕に助けを求めないでください! まったく、あなたたちいくつなんですか!」
「じゅ、16」
「16ですわ」
「19」
「あたし14!」
「そういうことを言ってんじゃないんですよ!」
とまあ、しっちゃかめっちゃかの末、俺たちはなんとか1階に上がることができた。
「わかりました、あなたたち全員馬鹿です。パーティー名『馬鹿』に変えましょう」
「ご、ごめん……ちょっとはしゃぎすぎた」
完全にゴミを見る目になってしまったトキに平謝りをする。
最年少者に叱られてしまった……。
「ところで、あのフワリとかいう人はどこにいるのでしょう」
「ああそっか、途中で上がってきちゃったから彼を探さなきゃいけないんだ」
彼は「戻ってきて」と言っていた。
おそらく入り口の方に行けば良いだろう。
「じゃあ向こうに――」
「その必要はないよ」
呑気な声がする。
振り向くと、今まさに俺たちが行こうとしていた方向からフワリが歩いてきていた。
「ありがとう、良いものを見せてもらった」
「そうか、なら死ねここで死ね」
「お、落ち着いてヒトギラ! 色々聞き出さないと」
「うん。フウツくんの言う通り。何から聞きたい? 何でも教えるよ、キミたちはそれくらい面白かった」
にこ、と満足げに彼は笑う。
俺たちの様子がお気に召したのかな。
でも刺激はともかく、あれを見てインスピレーションなんて生まれるのか……?
「なら……まず、なんで俺たちをここに連れてきたの?」
「直感。一目でキミたちが気に入ったから」
普通ならそんなわけあるか! となりそうなものだが、なんとなくこの青年の思考が人間離れしていることは、俺たちも理解してきている。
解せないけれどおそらくは本音だろう。
「俺が竜人に追われてるって知ってたのは」
「竜人と友だちだから。詳しくは知らないけど、青髪で左右の目の色が違う小柄な少年を探してるって言ってた」
「え、じゃあ俺を竜人に突き出したり……」
「しない。彼らには悪いけど、ボクの欲の方が優先」
よかった、少なくとも捕まる危険はなさそうだ。
「少しよろしくて? どうやって地下まで声を届けていたのかお聞きしたいですわ。あと一発殴っても?」
「殴るなら手と顔以外でよろしく。地下通路に声を届けてたのは……うーん」
フワリはしばらく頭をひねっていたが、何を思い付いたのか「そうだ」と手を叩いた。
「本人から直接聞くのがいい。あの人にキミたちを紹介したいし、ついてきて」
彼は俺たちの返事を待たずにさっさと歩き出す。
……また何か妙なことになりそうだ。
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