古典的な例のトラップ
その後も俺は踏んだり蹴ったりだった。
道中で通行人に絡まれまくるわ泥を飛ばされるわ、子どもには石を投げられるわ、道の端の家にいた人には水をかけられるわ。
怒り狂うデレーをなんとか抑えること数回。
俺たちはやっとヒトギラたちと合流することができた。
「そうか、そんなことに……」
俺から事情を聞き、ヒトギラは眉をひそめる。
「確かに体質のせいかもしれませんが、この村が異常だという可能性もあります。宿は隣町でとりましょう」
「それがいいですわね。でないと私、この村を地図から消してしまいそうですわ」
「よし隣町に行こう。村の人たちのためにも今すぐに」
「さんせー! よくわかんないけど!」
こうして俺たちは満場一致で隣町に移動することに。
今度は大人数だからか、村の人に直接何かされることは無く無事に通過することができた。
しばらくなだらかな道を歩いていると、ふと小さな川がさらさらと流れているのが目につく。
「ちょっとあそこで泥を落としてきてもいい?」
「ええ、私もついていきま」
「俺がついていく。2人きりになんてしたら、何をしでかすかわからん。主にお前」
ヒトギラがデレーをびしりと指差した。
「あーーーみんなで! みんなで行きたくなっちゃったなー!」
また喧嘩が始まる前に強引に火種を消す。
「ね、バサーク! みんなで行きたくない!?」
「? うん!」
「はいじゃあ出発! ごめんね俺わがままで!」
俺はすぐさま歩き出した。
ちらりと様子を窺うと、2人は渋々だが口を閉ざしてついてきてくれている。
鎮火成功。
「あたし遊んでるから、終わったら呼んで!」
「うん、あんまり遠くに行かないようにね」
はしゃぎだすバサークの背中を見送り、俺は川辺にしゃがんで水を泥が付いた部分にかけた。
「フウツさん、いいんですかあの2人。少し叱った方がおとなしくなりません?」
トキが隣にやってきて、耳元で囁く。
俺は服を洗う手は止めずに答えた。
「いやあ、でもやることはやってくれるし……。俺が捕まった時もたぶん協力して助けに来てくれたし」
「捕まった、というのは竜人の村の一件とは別に?」
「うん」
「あなたもたいがいトラブルメーカーですね。自分が被害を受けるタイプの」
「帰す言葉もございません……」
苦笑しながら顔を上げる。
すると、やや離れたところから俺たちの方をじっと見ている青年が視界に入った。
「……?」
青年と目が合う。
彼はゆっくりと歩き出し、俺のところまでやってきた。
「あの、何か……?」
おそるおそる、俺は問う。
青年は無表情だ。
何を考えているのか読み取れない。
俺やみんなを順々に眺め青年は口を開いた。
「キミたち、ボクのアトリエに来てよ」
「はい?」
「5人全員でよろしく。対価が欲しいなら要相談」
「???」
意味がわからない。
しかし言うだけ言って、青年はどこかへ歩き出してしまう。
俺たちは顔を見合わせて困惑した。
じきに俺たちがついてきていないことに気付き、青年が振り返る。
「来ないなら青髪のキミを竜人に売るけど」
その口から飛び出したとんでもない言葉に、俺の心臓が飛び跳ねた。
竜人に売るって……。
ジョークにしては真実味がありすぎる。
だって実際、俺はなぜか竜人に追われているっぽいから。
それに竜人が存在することを当然だと思っているような口ぶりだ。
彼はいったい何者なんだ。
「いま誰かあたしのこと呼んだー?」
「バサーク! いや、呼んではない……あ、でも一応呼ばれたのか」
「それにしても怪しい奴ですわね……。どうします、フウツさん。ここで始末しておいてもよろしくてよ」
「始末はしない方向でお願い」
怪しさ満点だけど、どうも無視はできなさそうだ。
どうして竜人の件を知っているのかも聞きたいし。
「ついていくしかない、かな」
「まあそうするほかないだろう。まったく、次から次へと……」
ヒトギラが苦々しく呟く。
そうして俺たちは謎の青年の後について行くことにした。
当の青年は特に何を喋るでもなく、黙々と歩いている。
……それにしても、奇抜な服装なことだ。
彼が着用しているのはズボンとシャツに半袖の上着、と至って普通の組み合わせなのだが、デザインというか色使いが凄まじい。
赤、青、緑、黄色。
上着には様々な色があちらこちらに散らばり、ズボンはズボンで明るいオレンジ色をしている。
手には手袋――ヒトギラのものとは違って指が出るようになっている――をはめているが、こっちは一転して白色。
今は見えないが、シャツは白い生地に紫色のひし形模様が規則正しく並んでいた。
なんというか、全体的にとても目がチカチカする。
この辺りではああいうファッションが流行っているのだろうか。
だとしたらかなり独特の流行だ。
それか「アトリエ」と言っていたし、彼は芸術家で、あれが彼流のオシャレなのかもしれないな。
派手な装いに圧倒されていると、ぴたりと彼が立ち止まった。
目の前には建物。
なるほど、ここが彼の「アトリエ」か。
「入って」
青年が入り口の扉を開けて促す。
「う、うん」
こんな奇抜な格好をした人の仕事場だ、いったいどんなに凄まじいインテリアをしているのだろう。
そっと足を踏み入れると、しかし予想に反して無機質で地味な玄関が俺たちを出迎えた。
「初めまして。ボクはフワリ。絵とか、彫刻とか創ってる」
青年――フワリは俺たち全員がアトリエに入ったことを確認し、後ろ手に扉の鍵を閉めながら言う。
「キミは」
「あ、えーっと、俺の名前はフウツ。冒険者だよ」
「そっちの黒髪くんは」
「近付くな死ね」
「チカヅクナシネくん、と……」
「おいフウツ、こいつ殴って帰るぞ」
またもやヒトギラと相性が悪そうな人が現れたようだ。
フワリはそんなことにはお構いなしに、ひとりひとりの名前を尋ねていった。
「うん、覚えた。じゃあ早速始めよう」
「始めるって何をおっっ!?」
彼が壁の一部を押すと同時に、俺たちの足元の床が開く。
支えが無くなった俺たちの体は当然、真っ逆さまだ。
「うわーーーっっ!!」
数秒に満たないくらいの浮遊感、そして俺はどすん、と地面にぶつかった。
幸い下にはクッションが敷き詰めてあり、怪我をすることはなかったが。
「み、みんな大丈夫?」
「へーき! バンゴウ・イチっ」
「ニ、ですわ」
「……サン」
「シ。全員無事です」
ならひとまずは良かった。
けどここはいったいどこなんだ?
地下であることは確かだけれど、壁や天井がやたらきれいに整備されている。
フワリが作ったのか、元々あったのか……。
今はどっちでもいいか。
『もしもーし。聞こえてたら返事をよろしく』
唐突にどこからかフワリの声が聞こえてきた。
「聞こえてるけど、君どこにいるの? っていうかこれ何!?」
『キミたちみんなでその通路を通って、ボクのところまで戻ってきて』
「目標を教えてくれてありがとう! でもそこじゃないんだよね!」
『……ああ、一本道だから迷う心配は無いよ』
「そこでもないかな!」
これは話が通じない感じの人か?
おそらくバサークとはまた毛色の違った、話は聞いてるけどちゃんと意味を受け取れていないタイプだ。
「お兄さん、なんでこんなことをするんですか? 僕、早く帰りたいんですけど」
『刺激』
「刺激?」
『そう。インスピレーションが欲しい。人が必死になっているところを見たい。そしたら良いものが創れる気がする』
だからって問答無用で地下に落とすことあるかなあ!?
『がんばれ』
「ぐっ……わかったよ、やらなきゃ出してくれないんだろ? そういうやつだろ?」
『うん』
なら俺たちにできることはひとつだけ。
彼の指示通り、通路を通って上に戻ることだけだ。
「……みんな、つくづく面倒事に巻き込んでごめん。せめて早く終わらせよう」
「いいんですのよ。上に出たらあいつをぶち殺しましょうね」
「同感だ」
「あたしこういうのワクワクするから好き!」
「はあ……本当にまとまりが無いですね、このパーティー」
「あはは……」
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