殺意の森林伐採
罪悪感と疑心が混じったような表情で、カターさんは言った。
「貴様ら、ここで何をしている」
後ろには部下らしき騎士が並んでおり、どうやら任務かその行き帰りらしい。
「俺たち、誘拐犯を追いかけてきたんです。犯行自体は未遂なんですけど、放っておけないと思って」
「なに、貴様らもか」
「というと?」
「私たちも誘拐常習犯、それも犯罪組織の一員であると思しき輩を捕らえにきたのだ。先日、ようやく隠れ家を突き止めたのでな。じきに部下たちが林を包囲する」
そうだったのか。
ならあの男たちはおそらく組織的な犯罪者だろう。
攫われた子どもがどんな目に遭うか、村で聞いたことがある。
もちろん他の子どもに対して注意しているのを立ち聞きしただけだが、その恐ろしさは童心によく染みた。
「勝手に行動されて奴らに逃げられても困る。ひとまず私に従うか、事が終わるまでここで待機していてもらおう」
「わかりました。あの、そちらもここに残る人はいますか?」
「ああ。救護班の者を2人おいて行く」
「じゃあ俺たち協力しますから、この人を看ていてもらえませんか。魔法の使いすぎで倒れてしまったらしいんです」
ふむ、とカターさんは顎に手を当てた。
「良いだろう、竜人の小娘が味方に付くのなら心強い。また小娘を制御できるのは貴様らくらいだろう。後衛救護班、この黒髪の青年を看ておくように」
はっ、と威勢のいい返事と共に他とは少し違う装いの騎士が出てくる。
「ぼ……わたしもお兄ちゃんのところに残りますね」
「ああ。よろしく、トキ」
なぜ「お兄ちゃん」? と内心首を傾げたが、昨日の聴取の時にそういう振りをしたからか、と思い当たった。
正体を隠すためとはいえ、流れで女の子、しかもヒトギラの妹として演技をしなければならなくなったトキには少し同情する。
「伝令、伝令。隊長、包囲が完了したとのことです」
「ご苦労。では慎重に、かつ迅速に行くぞ。手強い相手ではないが、重要な手がかりだ。決して逃すな」
「はい!」
「青髪、貴様らも私の後に続け。くれぐれも殺さぬように」
「はい、気を付けます」
男たちの隠れ家に向かう騎士はカターさん含め全部で7人。
俺たちを合わせるとちょうど10人だ。
「みなさん、お気をつけて。どうか主のご加護があらんことを」
トキが祈りのポーズをとる。
彼はちょくちょく思い出したかのようにこういうことを言うけど、もしかして本当に信心深かったりするのだろうか。
確かに【聖徒】は宗教上、主から人を癒す役目を与えられた聖なる者とされてはいるが。
……気になるから後で聞いてみよう。
カターさんについて林を進んでいくと、小屋が一軒、ぽつんと建っていた。
あれが隠れ家か。
「そこ4人、小屋の裏手で待ち伏せを」
「はっ!」
「む、障壁が張られているな……それもかなり厚い。小賢しいことを……。竜人の娘、悪いが叩き割ってくれるか。時間が惜しいのだ」
「いいよ! でもなんであたし?」
「ドラゴンの力を有しているのだろう。普通の人間より障壁魔法を破りやすいという話だが」
「へー、そうなんだ」
「貴様な……まあいい、頼む」
言われてみれば、バサークも先日襲ってきたルシアンも障壁を容易く破っていた。
あれはただの馬鹿力ではなかったのか。
「せー……のっ!」
バサークが思い切り障壁を殴りつける。
するとどうだろう。
障壁が木っ端微塵になるどころか、衝撃で小屋の屋根が吹き飛んだではないか。
「わーん! 待って肩外れたー! この障壁弱っちいよう! ヒトギラのはもっと硬かったのにー!」
呆気にとられる俺たちをよそに、バサークは肩を押さえて痛い痛いと転げまわった。
「水が入ってると思って持ち上げたバケツが実はカラで腰を抜かす」現象だ。
「ええい、こうなってはこそこそする意味も無い。突入するぞ! あと小娘は戻って救護班に診てもらえ! 悪かったな!」
「やだ戦う! えいやっ! ほらもう入ったから平気!」
木にタックルをして外れた肩を治したというバサーク。
なんかいろいろ規格外すぎないか。
「……っ突入!」
無理矢理に気を取り直し、カターさんたちは屋根がなくなり壁だけになった小屋の扉を開ける。
「なっなんだテメエら!」
散らかった部屋の中にいたのは、町で子どもたちを攫おうとした者たちだった。
「我らは王国騎士団である! 抵抗はやめて投降しろ!」
「クソッ! 逃げるぞ野郎共!」
男たちは反対側の窓を開け、外に飛び出す。
その先に騎士が待ち構えているとも知らずに。
「予想の範疇だな。我々も行くぞ!」
ぐるりと小屋を回ると案の定、男たちは騎士に捕まっており、すでにお縄にもかかっていた。
「騎士のくせに卑怯な真似しやがって!」
「待ち伏せは立派な計略である。卑怯なのは子どもらを拐かし私腹を肥やす貴様らの方であろう」
カターさんの静かな威圧に男たちは縮こまり、言葉を詰まらせる。
「私たちの出番はありませんでしたわね」
「ちぇー、つまんないの」
「まあまあ。上手くいったことを喜ぼう」
と、その時。
「ぎゃっ!」
男たちのそばに立っていた騎士のひとりが悲鳴を上げた。
見ると、腕に矢が刺さっている。
「総員、警戒! まだ残党がいる!」
カターさんが声を張り上げた。
「うわっ!」
「痛ぇ!」
しかし次々に矢が飛んできては騎士たちに命中する。
「あっち側の上からなのはわかるけど、気配がなんかこう、全然ビビってしてこないよー!」
木の上を注視してみるが、葉が生い茂っていて何も見えない。
矢の角度でおおまかな位置を推測するのが精一杯だ。
バサークですら感じ取れないなんて、どれほどの手練れなのだろう。
「ぎゃはは! いいぞ犬、やっちまえ!」
「犬」?
本物の犬が弓を射るはずがない。おそらく蔑称だ。
仲間内で虐げられているのか、もしかして……そもそも仲間ではないのか?
「っ!」
そうこう考えているうちに俺も矢に当たってしまった。
幸い、利き腕とは逆の腕に命中したのだが。
ぞくり、とふいに悪寒が走り、鳥肌が立つ。
俺は恐る恐る振り返る。
そこではデレーが、ぎちぎちと音が聞こえてきそうなほど斧を握りしめてした。
「おい犬、腕なんかより頭狙えあたぎゃぶっ!?」
彼女は野次を飛ばす男におもむろに歩み寄り、その顔面を蹴り飛ばす。
「あ、あの、デレー」
「殺さなければ、良いのでしたわね? ええ、ええ、大丈夫ですわ。フウツさんに迷惑はかけませんとも」
そして斧を大きく振りかぶったかと思うと、近くの木々に手当たり次第に思い切りぶつけだした。
「降りてきなさいませ? 畜生にも劣る虫けらさん」
鋭い刃を叩きつけられた幹の細い木々たちは1本、また1本と大きく軋み、深い傷を刻まれていく。
やっていること自体は斧本来の使い方に違わぬもののはずなのだが、あまりの気迫に「これは違うのでは?」とすら思えてしまう。
「私の、フウツさんに、傷をつけるなんて! 許せませんわ許せませんわ許せませんわ!! 臓物ぶちまけてお死になさいませ!!」
先ほどの言葉はどこへやら。
もう殺す気満々である。
「いいか貴様ら、射手が現れたらあの女より早く保護……捕らえるのだぞ」
「は、はい……」
カターさんも、彼もしくは彼女を守る方向にシフトしている。
「あ」
そしてデレーの斧がある1本の木を攻撃した瞬間、ついに木の上から何かが落下してきた。
「う、う………………」
落ちて来たのは、たぶんバサークと同じくらいの歳の少年。
俺は、ああ、と頭を抱える。
真っ青な顔をした彼の手には、しっかりと弓が握られてしまっていた。
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