ノーモア人攫い
「で、歩いていたら走ってきた男にぶつかられた、と……。ところでお嬢さん、あの男に何か刺していたよね。あれは何かな?」
「わかりません。少し前に知らない人から、危なくなったら使いなさいって渡されたんです」
「なるほど……これは別件として調べた方がいいかもな。お兄さんは何か知ってます?」
「知らん」
「あれをくれた人が、お兄ちゃんには内緒だよって言ったんです。だからわたし、誰にも何も喋ってないです」
異様に素っ気ないヒトギラにやや訝しげな顔をしたが、騎士はトキの演技を完全に信じ切っているようだ。
それにしても、ヒトギラとトキが兄妹扱いされているのはちょっと面白い。
まったく似ていないのを怪しまれたものの、トキが機転をきかせて「お母さんが違うんです」と言ったため、騎士はそれ以上詮索をしてこなくなった。
「では、ご協力ありがとうございました」
「はい! 騎士さんも頑張ってくださいね」
外に出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
先ほどのこともあり、周囲に注意しながら歩いて行くとそこかしこに同じようなビラが貼ってあることに気付いた。
「『人攫いにご用心』……前まではこんなの無かったよね」
「ええ、最近よく見るようになりました。人攫いの活動が活発化してきているらしいですよ」
「へえ。この辺りは治安が良いイメージだったけど、気を付けなくちゃ」
俺は特にそれ以上考えることもなく、拠点に帰って何事も無く1日を終えた。
そして次の日、依頼の場所へ向かう途中の町で、俺はあるものを目にする。
「ん?」
道端で子どもたちが数人、ボール遊びをしている。
その様子を少し離れたところから眺める男たちがいた。
ずっと無言で、にこりともせずにじっと見ている。
親にしては何かがおかしい。
男のひとりは馬に乗って静止しており、ふと昨日のビラが頭をよぎる。
「いかがなさいまして?」
「……あの人たち、なんか怪しいかも。俺ちょっと話しかけてみるから、みんなは子どもたちに気を配っててほしい」
「! わかりましたわ」
俺は男に近付く。
あくまで自然に、自然に。
警戒されて逃げられては困る。
「あの、少しお聞きしたいことが――」
男たちに手が届く距離に入り、俺は声をかけた。
途端に、男たちが一斉に走り出す。
その先には無邪気に遊ぶ子どもたち。
――やっぱり、人攫いだ!
俺はすぐさま剣を抜き振り返る。
が。
「ぎゃっ」
「ぐえっ」
その時には、男たちはすでに伸されていた。
「うーん、弱い!」
ちょこんと男の上に乗るバサークが言う。
泡を吹いて倒れている男たちとは対照的に、子どもたちは全員無傷でただポカンとしている。
みんなにお願いしておいてよかった。
「フウツさんの手を煩わせるなんて……殺した方が良さそうですわね」
「い、いや殺すのはちょっと。騎士団に通報しよう」
俺たちは近くの店から縄を借り、ひとりずつ男を縛り上げていく。
そしてあと1人だというところで、男が突然呻き声を上げて苦しみだした。
「ど、どうしたの!? どこか具合でも……毒使ってないよね、トキ?」
「はい、これ以上無駄遣いはしたくないので非力な子どもに徹していました」
だとすると病気か何かだろうか。
俺は思わず縄を持つ手を緩めてしまう。
その瞬間、男が素早く懐に手を入れて何かを取り出し、地面に叩きつけた。
「うわっ!」
途端に煙幕が噴き出し、辺り一面真っ白で何も見えなくなる。
やられた、さっきのは「振り」か!
子どもたちが連れて行かれるのだけは阻止しなければ、と小さな体を抱き寄せる。
煙幕が晴れるまで、決して放すまいと腕に力を込め続けた。
「げほげほっ……みんな大丈夫!?」
「ああ、子どもも全員無事だ」
「でも逃げられちゃったよー!」
「野放しにするわけにはいかない、なんとかして捕まえなくちゃ!」
周囲をぐるりと見渡す。
しかし男たちは影も形も無い。
「よおし、あたしがサクテキしてあげる!」
「どうやって……ってまさか」
バサークがぐぐっとしゃがむ。
「行っくよー! 大っジャーンプ!!」
ドン、とほぼ爆発のような音をたて、彼女は飛び上がった。
数秒して戻ってきたが、これまたズドン、と岩でも落ちてきたかのような衝撃。
地面にはクレーターができていた。
「おっと」
角を隠すフードが風でめくれかけ、バサークは帽子よろしく押さえる。
竜人であることを隠そうとする努力は褒めてあげたいが、たぶん大ジャンプでもうバレてるんだよなあ。
「あっち! あっちの方に走っていってるよ!」
「あ、ありがとう。みんな、追いかけよう! バサーク、先に行って足止めとか、できそう?」
「もっちろん……て言いたいんだけど、あたし長距離はニガテなんだよね。あとなんか最近不調気味―、ゴメンね」
「なら俺が風魔法で全員飛ばそう。なぜだか知らんが、魔力が強まっている」
ヒトギラは俺たちを前に並べ、自分は一番後ろに立った。
「舌を噛むなよ」
ぶわ、と足元から風が巻き起こる。
ぐ、ぐぐ、と徐々に体が持ち上がり、ある一点を超えたところで一気に加速して前方に飛んだ。
見ると、遠くの方に林に向かって走る数名の影があった。
「あれだな」
ヒトギラは呟き、さらに風を加速させる。
彼らに近付くにつれ姿が鮮明に見えてくる。
間違いない、あの男たちだ。
もう少しで追いつくというところで彼らは林に飛び込んでしまった。
だが林の規模はそう大きくなく、加えて男たちはこちらに気付いていない。
ヒトギラは林の上でいったん停止させる。
「降りて追跡……あ?」
「ん、どうしたのヒトギラ」
何か見つけたのだろうか。
ヒトギラの方を振り向こうとすると、ガクン、と足を踏み外したような感覚がした。
足元を支える風が消えたのだと瞬時に気付く。
次いで容赦なく重力に引っ張られ、俺たちは落下し始めた。
「うわーーーーっ!」
何を考える間もなく俺たちは真っ逆さまだ。
下が林だったのと高度がそこまで無かったのが不幸中の幸いか、俺は背中やら腕やらをしたたかに打ったもののなんとか無事に着地できた。
「み、みんな、大丈夫……?」
「ええ、擦り傷程度ですわ」
「僕もバサークさんに抱えてもらったのでほぼ無傷です」
「あたしも平気だけど、ヒトギラは気絶してるよ」
バサークが脇にヒトギラとトキを抱えながら言う。
「ちょっと診せてもらっていいですか」
「いいよ、はい」
トキは地面に下ろしてもらい、同じく下ろされ横たえられたヒトギラをまじまじと見た。
そうか、スキル《診察》だ。
「……ああ、これは魔法の使いすぎですね。魔力自体は特に枯渇していないんですけど、出力が大きすぎて体の方がついて行かなかった感じです。負担が限界を越えそうだったので、強制的に意識が落ちたんでしょう」
「うー、あたしわかんない……どゆこと?」
「水の勢いが強すぎて蛇口が壊れそうになったから、その蛇口を使用禁止にした、みたいな」
「あ、なるほど!」
「そっか……ヒトギラに凄く無理させちゃってたんだね」
「あの様子だと本人も無自覚だったようですけどね」
とにかくヒトギラを置いてあの男たちの追跡を続けるわけにはいかない。
手分けをするほかなさそうだ。
まずトキにはヒトギラを看ていてもらった方がいいだろうし、バサークは戦闘にまわってもらいたい。
俺とデレーは……
「! 誰か来る」
バサークが獣道の奥を指差した。
足音が多い。
男たちが仲間を呼んで戻ってきたのか?
果たして2人を守りながら戦えるだろうか。
いや、戦ってみせる。
俺たちは武器を、あるいは拳を構えて息を呑んだ。
しかし木々の影から現れた集団、その先頭に立っていたのは――
「……また貴様らか」
「あ、こんにちは……」
王国騎士団第四部隊所属、第一小隊隊長のカターさんその人だった。
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