回復役(毒使い)

 しばらくして、ヒトギラとバサークも帰ってきた。


 ヒトギラは無言で寝技をキメてきて怖かったし、バサークに飛びつかれた時は背骨が折れるかと思ったけど、これも大人しく受けておく。


 2人にも事情を説明し、ヒトギラは「もうお前がいるなら何人増えてもいい」、バサークは「新しい仲間!? やったー!」とのことで了解を得られた。


「では改めて、初めまして。僕はトキと申します。役職は【聖徒】、スキルは相手の容態を把握する《診察》と、10秒以内なら死んだ人を生き返らせられる《蘇生》です」


 優等生を自称していただけはあって、この歳で2つもスキルがあるとは大したものだ。

 しかも、どちらのスキルもいわゆる「回復役」に当たる【聖徒】に最適である。


「回復役がいなかったから助かるよ」


「え? まさか4人いて回復役ゼロ?」


「……うん」


「うわ……パーティー名は『蛮勇』だったりします?」


 ドン引きされてしまった。

 以前ヒトギラにも呆れられたが、回復役のいないパーティーなんて本来はありえない。


 特に問題なく活動できていたせいで感覚が麻痺していたんだなあ……。


「まあ僕が来たからには安心してください、なんせそんじょそこらの大人より優秀な【聖徒】なので」


 ふふん、とトキは誇らしげに胸を張った。


「ねーねー、毒使いって聞いたけど、どんなのがあるの?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 彼の目がキラリと光る。

 机の上に様々な瓶やら袋やらを並べ、得意げに語り出した。


「イチオシはこちらの痺れ粉です。安価、速効、熊でも倒れる優れもの。従来の材料に加えてウズ殻から採れる成分を用いることで、作成効率と効果が跳ね上がったんです」


「ウズ殻……あの何に使うかわからん安いやつか」


「あれはちょこっとだけ毒性があるから虫よけにするんだよ、ヒトギラ」


 ちゃんとした虫よけ薬よりは効果が低いけど、安くて大量に手に入るから村にいた頃はよくお世話になっていた。


「これはア水というスタンダードな毒で、無味無臭なので食事に混入させやすいです。が、僕はこれを利用して毒性の弱い改良版を作り、毒薬のベースにできるようにしました」


「もしかして俺が飲まされたやつも……?」


「はい! 改良ア水を使ってます!」


 はじけんばかりの良い笑顔である。


 その後もトキの毒物解説は続き、日が傾き出した頃にようやく終わりを迎えた。


「ふう、とりあえず以上です。こんなにたくさん話したのは初めてですよ!」


 満足げにトキは笑う。


「はえー、トキって頭良いね! チリョクで戦うってやつだ! あたしとは逆のカンジ!」


「はい、きっとお役に立って見せますよ。……とはいえ手持ちがこれだけしか無いので、材料を買いに行きたいのですが」


「ああ、じゃあ俺がついて行くよ」


「俺も行こう」


 トキが何を買うのかは知らないけど、この時間ならまだどこの店も開いているだろう。


 というわけで、俺とヒトギラはトキと一緒に町に繰り出した。


「とりあえず花屋に行きたいんですけど、どの辺りでしたっけ。確かここに来る途中で見かけたんですよね」


「ええと、花屋なら南の方にあった気がする」


「俺が案内しよう。前の仕事で何度も訪れている」


 そういえばヒトギラは配達業をしていたんだっけか。


 俺たちは彼を先頭に花屋へ向かう。

 道中、周りを見てみるとあちこちの店にぽつぽつと灯りがつき始めていた。


「あ、あそこですね。では少し待っていてください」


「うん、わかった」


 駆けていくトキを見送り、俺たちは店の近くの木に背中を預ける。


 店先で店員と何か話しながら花を選んでいるトキを遠目に見ていると、ふと疑問が浮かんだ。


「ねえヒトギラ。君、歩いてる時とか、トキに対しては他の人よりちょっと距離が近めだったよね。子どもは大丈夫なの?」


「ああ。虫でも小さいものなら不快感が少ないだろう、それと同じだ」


「なるほどね」


 それならトキと仲良くなれるかもしれない。

 話せる人が多くなるのは良いことだ。


「お互い、厄介な体質に生まれちゃったよね」


「まったくだ。お前と会うまで、他の人間が気持ち悪くないなんて想像もつかなかった」


「俺もみんなと会うまでは俺を嫌わない人がいる、とか考えてもみなかったよ」


「ふっ。奇妙な者同士、惹かれあったのかもな」


「かもね。だったら俺、この体質で良かったよ」


 とりとめのない話をしているうちにトキが帰ってきた。

 無事に目的のものを買えたようで、上機嫌だ。


「お待たせしました。そうそう、買い物中に新しいアイデアを思い付いたんですよ!」


「何?」


「魔物についてです。人って魔物に対して恐怖とか嫌悪を感じやすいでしょう。それこそ普通の動物に感じるよりもずっと。それってもしかして、何らかの魔物特有の毒があって、それを本能的に感じ取ってるんじゃないかって! もしそうなら全く未知の毒が発見できるかもしれません。何しろ魔界産ですからね」


「へえ。あ、それなら俺にも毒があったりして」


「え? 調べてもいいんですか? ちょっと切りますけど」


「冗談です切らないで」


 魔物に毒、か。

 確かに魔物には他の動物とは違う、異様な雰囲気がある。

 可能性は無きにしも非ずってところだ。


「魔物の退治依頼なら山ほどある。その時に好きなだけ調べればいいだろう」


「そうします。あっ」


 突然、路地裏から男が飛び出してきてトキにぶつかった。

 トキは小さく悲鳴を上げてこける。


「ああ!? なんだガキか! いやちょうどいい、盾になってもらうぜ」


 男がトキに手を伸ばした。

 俺は慌てて遮ろうとしたがすんでのところで間に合わず、トキは男に腕を掴まれてしまう。


「なにしてるんだ、その子を放せ!」


「待ちな、動くとこのお嬢ちゃんの首を折るぞ」


 男の分厚い手がトキの首を捕らえる。


 この様子だと男は逃走中の罪人か何かだろう。

 子ども相手に乱暴とは実にいただけない。


「きゃあ、やめてください」


 トキはというと、わざとらしく哀れっぽい声を出しながらも、目線は完全にころんだ拍子に落としてしまった花の方を見ている。


 肝が座りすぎだ。


「騎士団だ! そこの窃盗犯、おとなしく投降しろ!」


 バタバタと騎士たちが駆けつけてくる。

 やはり男は逃げている最中だったらしい。


「おとなしくするのはお前らだ! 人質が見えねえのか?いいか、俺が町を出るまで動くなよ」


 なんだろう、もっと焦るべきなんだろうけど、当のトキが完全に冷めた目をしていて集中できない。


「あー主よ、あなたの尊き公平の精神に背く憐れな罪人をどうか許し給えー」


 急に敬虔な信者の振りまでしだした。

 どういう心境なのだろうか。


 で、片手はというとポーチに伸びている。

 ああこれは言い訳を考えなきゃいけないやつだ。


 ご愁傷様、と心の中で男に呟く。


「何言ってんだてめ――」


 男の言葉が途切れる。

 その腕にはぶっさりと注射器が刺さっていた。


「はあ……無駄使いさせないでくださいよ」


 力の抜けた腕からするりとトキが抜け出す。

 ぐら、ぐら、と大きく男の頭が揺れ、彼はそのままどさりと倒れた。


「き、君! 大丈夫かい!?」


 騎士団の人が駆け寄る。


「はい、きっと主が助けてくれたのでしょう。我らが主に感謝を」


 まだその演技を続けるのか。


 騎士が離れた隙に俺たちもトキのもとへ行き、一応怪我が無いかを見る。


「災難だったね」


「あはは、どっちがでしょうね。花は無事だったのでまあ良しとしましょう」


 花を拾いあげ、土を払いながらトキは言う。


「すみません、お兄様方。軽く聴取をしたいのですが」


 男の拘束を終えた騎士がやってくる。

 ちなみに彼が話しかけたのはヒトギラであり、俺は目の前を素通りされた。


「…………」


「ああヒトギラ、俺が行くから帰ってても大丈夫だよ」


「……いや、お前が行くなら俺も行く。お前がいない空間はそれなりに堪える」


 聞く人が聞けば口説き文句にもなりそうな台詞だ。

 まあその「聞く人」には絶対言わないんだろうけれども。

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