再会

「うん、よくお似合いですよ。このまま着ていきますか?」


「はい。全部でいくらですか?」


「君みたいな子に着てもらえて服も嬉しいだろうし、まけておいてあげますね」


「わあ、いいんですか!」


 翌朝、俺たちはトキの服を買いに来ていた。

 傍から見れば無垢で可愛らしい男の子であるトキに、女性の店員はメロメロである。


 それにしても彼、猫かぶりが凄まじいな……。


 ところでギルドに行く件はどうなったのか、というところだが、それは無しになった。


 よくよく考えたら、トキが冒険者登録をしてしまったらそこから親なり騎士団なりに発見される可能性が大いにある。

 できるだけそういう危険は排除しておきたい、とのことだ。


 しかし冒険者証を持っていないのがバレた場合、パーティーごと何らかの処分を受けることは確実なので……まあ、用心に越したことはない。


「じゃあ行きましょうか」


「うん」


 服屋を出、俺たちは拠点――デレーの別荘に向かうことにした。


「フウツさんの仲間ってどんな人なんですか?」


「良い人たちだよ。ただちょっと、ちょっとだけ個性的、かな。そうそう、人間が苦手な人もいるから、彼にはむやみに近付かないであげてね」


「わかりました」


「あと重ね重ね言うけど、絶対に毒は盛らないように」


「うふふ」


「うふふじゃない」


 町から別荘はそう遠くなく、そんな具合で喋っているうちに到着することができた。


「ここだよ」


「へえ、けっこう立派ですね」


 俺は玄関の呼び鈴を鳴らす。


 が、しばらく待ってみても誰も出てこない。

 もしやみんな、まだ帰っていないのか?


 鍵はデレーが所持しているし、下手に歩き回るよりは待った方が良さそうだ。


「ごめん、今は留守みたいだか――」


 後ろを振り向いた瞬間、誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。


 あれは、あれは!


「フウツさん!!」


「デレー!」


 その人……デレーは速度を緩めることもなく俺に飛びつき、勢い余って俺ごと倒れた。


 デレーが俺に覆いかぶさるような形になる。

 いつぞやと同じような体勢だ。


「フウツさんフウツさんフウツさん! 乱暴はされませんでしたか? お怪我はありませんの? 体に不調は? ああ体の隅々まで診なくては! すぐにでも、ええすぐにでも! 制裁は後回しですわさあお入りになって私がフウツさんの心身を癒してさしあげますわ! でもその前に少しだけフウツさんを堪能することをお許しくださいまし!」


「か、体は大丈夫だよ。ごめんね心配かけちゃって」


「心配! そうですのよ心配しましたのよ探しましたのよ私もう生きた心地がしなくて心臓がはち切れそうでしたわ! でも気にしないでくださいましこうして無事に再会できただけで! ええそれはもう!」


 デレーにぎゅうぎゅうと抱きしめられ少し苦しいが、ここは甘んじて受け入れておこう。

 昨夜のアレに比べたら可愛いもんだし。


「フウツさん、恋人がいたんですね」


 トキが物珍しそうに言う。


「いや、恋人ではないよ」


「じゃあ誑かして弄んでるわけだ。見かけによらずやりますね」


「違うからね!?」


 すると、やっと落ち着いてきたのか、デレーがトキを見て口を開いた。


「あら、この子はどなたですの?」


「初めまして、僕はトキです」


「いろいろあって連れてくることになったんだ。詳しい話は中でしよう」


 とは言いつつも、どこまで正直に話すか迷う俺であった。



 いつもの部屋に行き、デレーにお茶を出してもらう。


 毎度やってもらってばかりで悪い気がするが、先日それを言ったら「では2人きりの時に」と返されたので、今回も大人しく施しを受けることにした。


「ええと、あの後、竜人の村のはずれで牢に入れられたんだけど、運良くトキが助けてくれた……って感じかな」


「まあまあまあ! そうだったのですか。では私からもお礼を言わねばなりませんわね。フウツさんを助けてくれてありがとうございます、トキさん」


「いえ、僕もフウツさんに保護してもらえたので、おあいこです! あ、お姉さんのお名前を改めて聞いてもいいですか?」


「もちろん。私はデレーと申しますわ。トキさんはどこからいらしたので?」


 2人のなごやかな会話にホッとする。

 そりゃそうだ、さすがのデレーも子ども相手に嫉妬したりはしないよね。


 と、にこにこしながら聞いていたのだが。

 デレーが不意に「ところで」と言った。


「トキさん、荷物……お預かりしましょうか。『いろいろ』お持ちになっているみたいですので」


 彼女の雰囲気が変わる。

 その眼はさながら獲物を狙う狩人のようだ。


「それとその髪、一部だけ白くなっておりますね。いかがなさいましたの? まるで何か……薬品でもかかったようですけれど」


 あ、これトキが毒持ってるのバレてるな?


 ちらりと視線を向けるが、彼はだんまりを決め込んでいる。


「フウツさん、こちらにいらしてくださいまし。そいつは危険ですわ。ご安心なさって、子ども1人殺すくらいなら素手でもできますのよ」


 デレーはもう完全にトキを始末する気である。


 言葉に詰まってもう一度トキの方を見ると、彼は彼で片手をポーチの中に入れ、明らかに何かを掴んでいる。


 ああもう、下手な隠し事なんてするもんじゃないな。


「デレー、ごめん」


 こうなったら全部白状しよう。

 殺し合いが始まるよりはマシだ。


「実は――」


 俺は今までのことを洗いざらいデレーに話した。


「っていうことなんだ」


「わかりましたわ」


「え、本当に!?」


「こいつを早く殺した方が良いことがわかりましたわ」


「やめて!」


 ちなみに目を離すと即争いになりそうなので、2人には部屋の隅と隅に立ってもらった。


「お願いデレー。仲間にするのが無理でも、ここに置くぐらいはしてあげたいんだ」


「なぜですの? 脅しの件ならこいつを埋めれば問題ありませんわ」


「ううん、それだけじゃないんだ。なんて言うか、こう、同情? 共感? みたいな」


 2人が不思議そうに首を傾げる。


「トキは毒が大好きなんだよ。きっと、料理が好きとか、医療に興味があるとか、根本はそういうのと同じなんだ」


 俺は毒の話をして顔を輝かせるトキの姿を思い返した。


「でも毒ってやっぱり危ないし、人を傷付けるものだから、誰にも良さを伝えられない、理解してもらえない。俺も正直、何が良いのかとかはわからない。けど……それってとっても寂しいんじゃないかなって」


 多大な危険を冒してまで竜人の村に毒を撒いた。

 自分で毒や、毒を撒くための道具を作った。


 彼にとっては純粋な情熱の結果なのだろう。


「俺はせめて、トキのそばにいてあげたい。周りに誰もいないんじゃトキが道を誤るのを止められないし、独りでいるのは凄くつらいから」


 少し前までの俺は、ずっと独りだった。

 感覚が麻痺してなんとも思わなくなっていたけど、小さい頃は確かに苦しい思いをしていた、と思う。


 曲がりなりにも俺は年長者だ。

 トキに同じ思いをさせるわけにはいかない。


「……あの、僕…………わかりました、敵以外には毒は使わないと約束します」


「トキ……!」


「フウツさんがそんなに思ってくれているのに、僕だけ我が儘を押し通すわけにもいかないでしょう」


 バツが悪そうにトキは笑った。


「……はあ、仕方ありませんわね。まあ元々やんちゃな問題児はいますし、1人増えたところでそう変わりませんわ」


「じゃ、じゃあ……!」


「その代わり! 約束を破れば即死刑でしてよ」


「う……はい、心得ます」


「ありがとう、デレー!」


 よかった、これで万事解決だ。


 竜人に関してはお詫びのひとつでも入れるのが筋だが、今度こそ問答無用で殺されるししょうがない。

 見つからないように尽力しよう。

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