射られた矢の行方
「行くぞ! 少年を捕獲!」
「はっ!」
カターさんたちが一斉に飛び出す。
少年は彼らが保護してくれる、なら俺がやるべきは。
「邪魔をしないでくださいま――」
「デレー!」
俺はデレーに後ろから抱きつく。
「フウツさん!? まあ、そんな大胆な……!」
顔を窺い見ると、彼女は頬を赤らめて照れていた。
よし、いける!
「デレー、ありがとう。でももう大丈夫だよ」
「で、ですがあの不届き者を粛清しなくては」
「そんなことより、俺……えっと、デレーに手当てしてほしいなあ、なんて……」
「まあ……まあまあまあ! もちろんですわわかりましたわ! このデレー、精一杯フウツさんのお怪我を手当てさせていただきましてよ!」
デレーは斧を放り投げ、俺の体をくるりと反転させて抱きしめた。
なんだかデレーの気持ちを利用したみたい、というか実際してるので罪悪感がちくちくと胸を刺す。
だがこれで少年が襲われる心配は無くなった。
「救護班の方、道具をお借りしますわよ」
「は、はい、どうぞお使いください……」
声をかけられたれた救護班の人は、びくりと肩をはねさせた。
可哀想なほど怯えている。
「あの……フウツさん、先ほどははしたない姿をお見せしてしまって申し訳ありませんでしたわ。私としたことが、つい頭に血が上ってしまって。どうか嫌いにならないでくださいまし」
「ならないよ。ちょっと……うん、ちょっとびっくりしたけど、デレーのおかげであの子を捕まえられたんだし」
傷口に包帯を巻いてもらいながら当の少年の方を見てみると、こわばった表情をしてはいるが大人しく騎士たちの指示に従っているようだった。
「はい、できましてよ」
「ありがとう。……あの子は騎士団か裁判所がちゃんと裁いてくれるだろうから、もう勘弁してあげてね」
「フウツさんがそうおっしゃるのなら、そうしますわ」
デレーは不満げではあるが頷いてくれた。
「さて少年、貴様を連行する前に問うておきたいことがある」
ふとカターさんの声が聞こえてくる。
気になることでもあるのだろうか。
「はいかいいえで答えろ。貴様はあの男たちの仲間か?」
「……!」
男たちと少年の顔色が変わった。
「…………は……」
「私は貴様の言葉を信じよう。故に偽りは許さん。真実のみを述べよ」
少年は何かを迷っているようだ。
俺は男たちの言動を思い返してみる。
確か彼らは少年のことを「犬」と言っていた。
「おいテメエ! 今さら裏切ろうってんじゃねえだろうな! 自分の立場わかってんのか!?」
「黙れ。私は少年と話をしているのだ。……少年よ、言いたくなければそれでも良い。我らは公平に調査をし、然るべき対応をする。だが貴様が勇気を見せるなら、我らはそれに応えよう」
「…………」
「もう一度問う。貴様は、奴らの仲間か」
「…………い……いいえ。いいえ、違います!」
少年が言い切った瞬間、彼の胸に奇妙な紋様が浮かび上がった。
初めは僅かであったそれが放つ光は、しかしみるみるうちに強くなっていく。
少年は固く目をつむった。
「なるほど、これか。リジア」
「御意」
リジア、と呼ばれた騎士が即座に前に出て手をかざす。
すると瞬く間に光は弱まり、紋様も消え去っていった。
「解除、完了しました」
「ご苦労」
今のは何をしたんだ?
魔法……みたいだったけど。
「あ、あの、解除ってもしかして」
少年が言う。
「そうだ。もう貴様の命が脅かされることはない」
「! ありがとう、ございます……!」
「礼ならリジアに言え」
「いえ、隊長の推察あってのことですので」
よくわからないが、少年は男たちから何らかの魔法をかけられていて、従うよう脅されていたのだろうか。
で、それに気付いたカターさんがリジアさんに魔法を解除するよう指示した、と。
「ではこれより撤収する。青髪、貴様らも聴取対象とさせてもらうからついてこい」
「あ、はい!」
それから俺たちはヒトギラ、トキと合流し、駐在所へ向かった。
男たちは留置場へ送られたが、少年は俺たちと共に事情聴取という形になった。
「少年、名は」
「ナオ……です」
「そうか、ナオよ。なぜあの男たちに利用されるに至ったのか、これまでの経緯を話してみろ」
少年、改めナオはこくりと頷き、口を開いた。
彼はとある平凡な町の生まれであったという。
両親を早くに亡くし、親戚の経営する店で下働きをして生活をしていた。
ところが5年前、親戚一家が彼を人攫いの組織に売り渡した。
親戚の店が繁盛しておらず、一家が困窮状態にあったのが理由だろうと彼は語る。
かくして売られてしまった彼はそのまま無賃労働者にされるかと思いきや、ある人物の所有物とされた。
それが、あの野次を飛ばしていた男だ。
男は彼に「反抗の意志を見せると発動する爆発魔法」を植え付けた。
それから男たちはしばらく人攫いの片棒を担がせこきつかっていたが、やがて彼に弓の才があることに気付く。
彼は隠れ家の留守番係にされたものの扱いは依然変わらず、ずっと虐げられていたらしい。
「5年前か……今、貴様は何歳だ?」
「14です」
「ならば役職判定は受けていないのだな」
「はい」
とはいえ、あの弓さばきを見れば彼が【射手】であることは明白だ。
「ふむ……。ナオ、ひとまず貴様の身柄はこの第一小隊が保護する。この件はまず間違いなく裁判所送りだが、貴様の処遇は近いうちに決定するだろう」
「ね、サイバンショって何?」
バサークがこっそり小声で俺に尋ねた。
「騎士団だけじゃ判断ができないような、難しい事件とか大きい事件を裁くところだよ」
裁判所は王都にあり、極めて慎重に事件を扱うので罪人の処遇が決まるまではとても長い時間がかかると聞く。
だがナオは犯罪に加担はしたものの明らかに被害者であり、人攫い組織の情報もおそらく大して持っていない。
よって、あの男たちよりかは処罰の如何が簡単に決まるはず、というわけだ。
「件の親戚も情状酌量の余地はあるだろうから、貴様が望めば再び共に暮らすことも不可能ではない」
「いえ、あの人たちとは……。もともとおれのこと疎んでましたし」
「では、これも貴様が良ければの話だが。騎士になる気は無いか?」
「え」
ナオがパッと顔を上げた。
「貴様の弓術、実に見事なものであった。然るべき訓練を受ければさらに伸びるだろう。それに先日、2人ほど第一小隊から騎士が抜けてしまってな」
「で、でも、おれ仮にも罪人ですよ? 罪人が騎士になんて……」
「む? 騎士になること自体は嫌ではないのか」
「そ、そりゃあ……昔からの憧れですし……」
「ならば良い。公平な裁きの後、貴様を見習いとして迎え入れよう」
「……!」
ナオはしばし言葉に詰まっていたが、絞り出すように「ありがとうございます」と言った。
俺たちは完全に置いてけぼりだけど、良かった良かった。
その後は通常の聴取が行われ、俺たちはじきに解放された。
「なあ」
駐在所を出ようとする俺たちにナオが声をかける。
「その、青髪のあんた。撃ってごめん。あとありがとう」
少し嫌そうな顔をしながら彼は謝った。
「気にしないで、仕方なかったんだから。それに君は嫌いな相手にもちゃんと謝れる、とっても良い子だって今わかったし」
「は?」
わあ視線が冷たい。
そりゃ嫌いな奴から唐突に褒められても嬉しくないか。
彼の精神衛生のためにも、早く退散しよう。
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