意外な助け

 連れて行かれた先は山間の村だった。


 青々とした畑が広がり、その中に素朴な家が点在している。

 傍から見れば人間の住む村と変わりはない。


 しかしひとつだけ違うのが、畑の世話をする者、あるいは無邪気に駆け回る子どもたちが竜人であるということだ。


「来い」


 女性に腕をがっちり掴まれたまま引っ張られる。

 歩きにくいしこけそうだ。


 なすすべなくよたよたと連れられていくと、村のはずれにある森の、少し開けた場所に出た。

 奥の方には入り口に牢屋よろしく鉄格子のはめられた洞窟がある。


 ルシアンと女性はそこに俺を押し込んだ。

 さらに洞窟牢(仮)に備え付けられていた鉄製の足枷を俺に付ける。

 地味に重い。


「ふう。いささか骨が折れたが、これでひと安心だな」


 ルシアンが言う。


「我々も鬼ではない。貴様がここで大人しくしているうちは最低限の衣食住は保障しよう」


「なんでこんなことを?」


「貴様は知らなくていいことだ」


 2人は俺を放って行ってしまった。


 俺は膝を抱えてうつむく。


 特に罪を犯したわけでもないのに短期間で2度も牢にぶち込まれるなんて、悲劇を通り越して喜劇だ。


 いっそ誰か笑ってくれ。


「はあ、どうやって帰ろう」


 留置場の時とは違い、彼らは俺を捕らえておくこと自体を目的としている。

 しかも相手は竜人、たとえ牢から出られたとしても逃げられるわけがない。


 唯一の希望は、デレーたちが騎士団に通報してくれることだ。


 あくまで竜人たちは人間を守る立場にあるようだし、バサークですら騎士団には手を出さなかった。

 彼らが来てくれればなんとかなるかもしれない。


 うん、まだ望みはある。

 助けを信じて待とう! と俺は顔を上げる。


 すると、牢の前にしゃがみ込む男の子と目が合った。


 音も無くいつの間にかそこにいた彼に驚き、びくりと肩が跳ねる。

 マジでいつからいたんだ……?


 男の子には角も翼も無かった。

 代わりに一部が白く変色した金髪と、青い瞳がよく映えている。


 どう見ても竜人ではなく、人間の子どもだ。

 迷い込んで来たのだろうか。


「あのう」


 男の子が細い声で言う。


「お兄さんはどうして牢屋に入っているんですか」


 首をかしげ、無垢な目で疑問を投げかけた。


「悪いことでもしたんですか」


「いや、何もしてない……はず」


「ふうん。じゃあお兄さんはここから出たいですか」


「うん、まあ出たいよ。それより君は迷子? あっちの方に村があるから行っておいで。君には親切にしてくれると思うよ」


 そう言って村の方を指差すと、男の子は少し考える素振りを見せからゆっくりと口を開いた。


「僕の名前はトキです。お兄さんは?」


「名前? フウツ、だけど」


「職業は」


「冒険者だよ」


「わかりました」


 男の子改めトキは軽く咳ばらいをする。

 かと思うと急に顔を覆って嘆きだした。


「何もしていないのに竜人に捕まって閉じ込められるなんてかわいそう! 僕がきっと助けてあげますからね!」


「え、何……? 怖……」


「僕は行く当てのない哀れな子どもですが、あなたを助けましょう。どこかのパーティーに拾ってもらえたらこの上なく幸せですが、今はそんなこと関係ありません」


 トキは胸の前で手を組んで地に膝を付き、祈るようなポーズで天を仰いだ。


「主よ、どうか僕にこの人を救わせてください……。見返りは望みません、あるに越したことはないけど」


 言い終わるとトキは立ち上がり、服に付いた砂を払った。


「では行ってきます。必ず助けてあげますから、安心してくださいね」


「待って! 言いたいことは山ほどあるけど……とりあえずひとつ、いい?」


「はい」


「どうして俺を捕まえたのが竜人だって知ってるの?」


「…………」


 にっこりと笑ってトキは去って行った。


 純粋に疑問だっただけなんだけど、マズいことを聞いたのだろうか。

 というか仮にマズいことだったとして、何をしたことがマズいのだろう。


 トキは俺たちをこっそり見ていて、それを隠したかったとか?

 いや無いな。

 見てはいたかもしれないが、隠すほど後ろめたいことでもないだろう。


 うーん、わからない。


 あのわざとらしい台詞も引っ掛かる。

 言い方からして「自分の要求を呑め」ということなのだろうが、そもそも言っちゃ悪いけどあんな子どもが俺をここから出せるとも思えない。


 トキが今まで何をしていて、なぜここに来て、なぜ俺にあんなことを言ったのか。

 何もかもが不明瞭だ。


 それにしても、やることが無いからか考え事がはかどる。


 ぼんやりと頭を動かしているうちに、日が傾き落ちて夜になった。


 最低限の衣食住、とは言っていたが、果たしてどのくらい食べさせてもらえるのだろう。

 一向に人が来る気配は無いし、もしかして一日一食の方針とか?


 星でも眺めて腹の虫をごまかそうと視線を上げると、ふとこちらに向かってくる影が見えた。

 暗くてよく見えないが、近付くにつれだんだんと姿があらわになっていく。


「あれは……トキ!?」


 小走りでやって来たその人は、昼間に会話をした彼であった。


「お待たせしました! 助けに来ましたよ」


「助けにって、本当にどうにかなったの!?」


「もちろんです」


 得意げにトキは頷く。


「さあ、今出してあげますからね」


 ポケットから鍵を取り出し、牢の入り口を開け、そして足枷を外してくれた。


「なんだかよくわからないけど、ありがとう。助かったよ」


「はい、見返りはいりません」


「あはは……。いいよ、俺のパーティーに入っても。ちょっと個性的な人たちばかりだけど、それでも良ければ」


 約2名はあまり良い顔をしないかもしれないが、小さな子どもだし、良い子そうだし、たぶんそう大人げないことはしないだろう。


「わあ! 本当ですか! なんて優しい人なんでしょう!」


「万一みんながダメって言っても、施設とか探してみるからね」


「ふふっ、やったあ!」


 わざとらしい台詞も、単に甘えるのが下手なだけなのかもしれないし。

 うん、きっと大丈夫だ。


「ところでどうやって竜人たちを説得したの?」


「いえ? 説得はしていません」


「え、じゃあ鍵をくすねてきたとか?」


「いえいえ、そんなんじゃないです。……僕がどんな手段で鍵を手に入れたのか、聞きたいですか?」


 俺は素直に「うん」と返した。


「耳を貸してください」


「? わかった」


 身長の低いトキに合わせてしゃがむ。

 トキは小さな声で囁いた。



「毒、です」



「…………え?」


「ですから、毒を撒いたんです。竜人のみなさん、僕が迷子の振りをしたらちゃんと家に入れてくれましたよ。フウツさんの言った通りでした」


「なん……何……? なんで…………?」


「具体的にはですねえ……。まずご飯時まで待って、保護してくれた家の方の食事にこっそり毒を盛りました。それから各家を回って、粉状の毒を撒いたんです」


 いたずらっぽく笑いながら彼は続ける。


「ほらこれ、割れると毒粉が噴き出すように作ったガラス玉なんですけど、投げ方にコツがあって。数にも限りがあったのですが村の人口が少なかったので、なんとか足りました」


「こ、殺したの?」


「まさか! 人間でも死ぬような毒ではありません。実際、観察しましたがやはり竜人は丈夫でしたよ。みんな意識が残っていました。いやあ、良い実験になりましたよ!」


 「実験」。

 その言い方は、まるで最初から――。


「気付いてくれました? そうです、僕は最初から竜人に毒がどの程度効くのかを実験しに来てたんです」


「じゃあ、どうして俺を牢から出したりなんて……」


「おっと、続きは後にしましょう。早くここを離れないと。別に残っても構いませんが、牢から出ているあなたを見たら竜人たちはどう思うでしょうね」


 全身から血の気が引く。

 当然、彼らの目には「子どもに毒を撒かせて逃げ出そうとした悪党」か「毒を撒いた人間とグル」と映るだろう。


 ぎゅ、とトキは俺の手を握った。


「もうあなたは立派な共犯者です」


 神よ、なぜ俺を見捨てたもうたのか。

 いやそもそも嫌われてるか。

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